2012/05/18 |
|
|
2012/04/27 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
《報道情報》
・産経新聞(拘置所で書かれた「太陽の破片」の原詩 尾崎豊さん創作ノート) ・スポーツ報知(尾崎豊さん直筆ノート「小説新潮」に掲載) ・ユン・サンヒョンさんが、「I LOVE YOU」の思い出を語りました。 |
|
|
|
|
|
【Twitter】
公式ツイッターのアカウントを作成しました。 https://twitter.com/#!/OZAKI_NOTES 新潮社の「チームOZAKI」が、思い入れたっぷりにつぶやきます。 ぜひお立ち寄りください。 【小説新潮】 新たな肉筆画像をアップしました。 ・伝説となった日本青年館ライブのセットメニュー。 |
|
《報道情報》
2月25日放送の「知っとこ!」(TBS/MBS)で紹介されました。 |
|
【小説新潮】
新たな肉筆画像をアップしました。 ・セカンドアルバム「回帰線」に向けての決意。 ・「太陽の破片」の手書きの歌詞。 《番組情報》 2月29日、19時から放送される「1番ソングSHOW」(日本テレビ系)は‘卒業1番ソングスペシャル’。 名曲「卒業」も登場するようです。 http://www.ntv.co.jp/ichiban/ 《報道情報》 「FRIDAY」で紹介されました。 http://www.bitway.ne.jp/kodansha/friday/scoopengine/index.html |
|
《報道情報》各メディアで紹介されました。
・朝日新聞(「15の夜」の原詩も 尾崎豊さんの創作ノート公開へ)/(尾崎豊さん秘蔵ノートあった) ・河北新報(尾崎豊さん創作ノート残す 五十数冊、月刊誌で公開へ) ・共同通信(尾崎豊さん創作ノート残す 五十数冊、月刊誌で公開へ) ・中日新聞(尾崎豊さん創作ノート残す 月刊誌で公開へ) ・デイリースポーツ(尾崎豊さん“幻ノート”初公開) ・東京新聞(尾崎豊さん ノート50冊に歌詞の原点) ・西日本新聞(尾崎豊さん創作ノート残す 五十数冊、月刊誌で公開へ) ・毎日新聞(尾崎豊さん:創作ノート残す 月刊誌で公開へ) (五十音順)
|
|
《報道情報》各メディアで紹介されました。
・NHK(尾崎豊さん 大量の創作ノート判明)/(没後20年 尾崎豊が語ったこと) ・オリコン(尾崎豊の秘蔵肉声と未公開音源を“1回限りのCM”で放送 ~直筆ノートも公開) ・産経新聞(尾崎豊さんの創作過程明らかに 創作ノート約60冊を公表へ) ・サンケイスポーツ(尾崎豊さんの創作過程明らかに ノートを公表へ)/(尾崎豊さん創作ノート50数冊見つかる!) ・スポーツニッポン(尾崎豊さんの創作ノート公開へ…五十数冊、曲づくりの苦悩つづる)/(尾崎豊さん コクヨCMで未発表の音源、直筆ノート公開) ・スポーツ報知(尾崎豊さん創作ノート残す…「小説新潮」4月号で公開) ・東京ウォーカー(キャンパスノートが限定テレビCM、尾崎豊の未発表音源を初公開) ・日刊スポーツ(尾崎豊さんの創作ノート見つかる 50冊) ・北海道新聞(尾崎豊さん創作ノート残す 五十数冊、月刊誌で公開へ) ・読売新聞(尾崎豊の「創作ノート」60冊、一部公開へ) (五十音順)
|
|
本日、「尾崎豊 特設サイト」をオープンしました。
「小説新潮」4月号(3月22日発売)には、彼が遺した肉筆ノートが100ページ近く掲載されます。発売まで、その一部を、定期的にアップします。 また、4月上旬に、50冊以上の未発表ノートを完全収録した単行本『NOTES 僕を知らない僕 1981-1992』が刊行されます。 そのほか、さまざまな情報を随時アップしていきます。 |
![]() |
年譜 |
単行本「NOTES」――目次 |
|
以下の時期に書かれたノートが 単行本に収録されます |
|
Ⅰ アマチュア時代 1981-1983・3 |
|
II 十七歳の地図 1983・4-1983・12 ![]() |
|
III 回帰線&ツアー 1984・1-1985・8 ![]() |
|
IV 壊れた扉から&誰かのクラクション 1985・9-1985・12 ![]() |
|
V NEW YORK 1986-1987 |
|
VI 太陽の破片 1987・12 ![]() |
|
VII 街路樹 1988 ![]() |
|
VIII 誕生 1989-1990 ![]() |
|
IX 放熱への証 1991-1992 ![]() |

|
「僕が僕であるために」から「僕を知らない僕」まで/須藤晃
I. デビュー前夜(1981年―83年3月)
「なにかつかむものがほしい なぜここにいるのかしりたい」十代半ばの少年は、青春の焦りや不安の中であがき、それを言葉で表現しようともがいていた。作為も、推敲も、ない。世に出る直前の天才が吐き出した、溶岩のような言葉の奔流。
II. 十七歳の地図(83年4月―12月)
「おいらがおいらであることを だれにも笑われないようにつづりたい」1983年12月にアルバム「十七歳の地図」をひっさげてデビューを果たすと、ノートは他人の目を意識したものに変わっていく。十代で発表されることになる数々の名曲の原石が、ここにある。
III. 回帰線(84年1月―85年8月)
「もっとリアルに もっと幻想的に歌いたい」二枚目のアルバムがチャートで初登場一位となり、怪物がついに姿を現した。人々は楽曲を口ずさみ、ライブに酔いしれる。ファンの存在を意識し始めた青年が、ステージでのパフォーマンスについて率直に綴った貴重な記録。
IV. 壊れた扉から(85年9月―12月)
「天才になるために努力した」おそろしいほどの注目と喝采の中で、彼はひそかに煩悶していた。自分の内面を見つめ、それを歌うだけで彼らを満足させられるのか。これまでの無邪気な問いかけから、懐疑的な自問へと変わっていく記述は、精神の磨耗をも予感させる。
V. ニューヨーク滞在日記(86年―87年)
「戦うべきは自分の心の弱さ」十代のうちに三枚のアルバムを発表した彼は単身ニューヨークに渡り、初めての長期滞在を経験する。本人もあまり語らなかったこの最も謎めいた期間に、一体何を考えていたのか。ひたすら研ぎ澄まされていく孤独な魂の独白。 |
VI. 東京拘置所にて(87年12月)
「鉄格子の影が落ちる 君の笑顔が思い出せない」拘置所の房内でも、ノートは綴られた。落ち込む気持ちを鼓舞するように曲作りにむかうアーティストは、ノートの最初に「太陽の破片」と題された詩を記す。これはその後、生涯でただ一度のテレビ出演で熱唱した曲となる。
VII. 街路樹(88年)
「僕は何故失いそうなのだろう」乱れた文字、消された記述。この時期の彼は、猜疑心に苛まれながらも、自分と世界をつなぐものを必死に探ろうとしていた。後期のスタートラインといわれる「街路樹」はニューヨーク時代に萌芽し、そうした状況で完成されていく。
VIII. 誕生(89年―90年)
「明日を夢見る人々よ ほこり高く生きるんだ」家庭を持ち、長男が生まれた時期に書かれたノート。復活作といわれる二枚組大作「誕生」へ繋がる想いが綴られている。この頃から、ノートに書き留めたメモをもとにワープロで清書するというスタイルに変わっていく。
IX. 放熱への証(91年―92年)
「その声は僕を許さない程 僕を苦しめる そして僕から僕をぬすんでゆく」記述の分量は大幅に減り、前向きな気分は影を潜める。ノートに記された最後の日付の二週間後に最愛の母が病没。その四ヶ月後にニューアルバムを完成させた彼は、発売を待たずに不慮の死を遂げてしまう。 |
|
立ち読みビューアー ![]() [電子ブックの閲覧環境]
Windows98以降、MacOSX以降でAdobeFlashPlayer最新版がインストールされているPC [→]AdobeFlashPlayerのダウンロードはコチラ
|
サンプルイメージ ![]() ![]() |
||||||||||||||
|
書店店頭に設置されたCampusノートに、
尾崎豊さんに伝えたい想いを記してください。 OZAKIとの出会い、好きな曲、思い出、あなたの大切なひとへのメッセージ……どんなことでも構いません。 あなたのメッセージが書き込まれたノートは、 尾崎さんの肉筆ノートとともに保存されます。 ※開催店舗のご案内は随時更新していきます!
※ノートの設置期間は店舗により異なりますので、ご注意ください。 |
![]() |
・旭屋書店 なんばCITY店(大阪府) ・紀伊國屋書店 新宿南店(東京都) ・三省堂書店 京都駅店(京都府) ・丸善 ラゾーナ川崎店(神奈川県) ・文教堂書店 三鷹駅店(東京都) ・MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店(東京都) |
・いまじん 春日井南店(愛知県) ・啓林堂書店 西大寺店(奈良県) ・三省堂書店 神保町本店(東京都) ・戸田書店 掛川西郷店(静岡県) ・丸善 丸の内本店(東京都) |
・オリオン書房 ノルテ店(東京都) ・啓林堂書店 奈良ビブレ店(奈良県) ・三省堂書店 有楽町店(東京都) ・ブックガーデン佐沼店(宮城県) ・丸善 丸の内本店(東京都) |
五十音順
|