Life Work 北杜夫氏『幽霊』の第三部に着手
有珠山の噴火にたとえては、被害者や対策本部にお叱りを受けるだろうが、作家の北杜夫氏が、長い「休眠」から覚めて、このところ活発な執筆活動を再開している。新刊の『消えさりゆく物語』(小社刊)には、近作の「水の音」(「新潮」新年号)や「みずうみ」(「小説新潮」3月号)など8篇の短篇小説が収録されているが、「新潮45」3月号掲載「マンボウ最後のむざんな『バクチ旅巡業』――いざ茂吉の故郷、というよりも上山競馬場! 篇」には、腹をかかえて笑いころげた読者も多いはずだ。
その北氏が『幽霊』『木精』に続く魂の自伝の第三部『病葉』(わくらば)に着手した。主人公がドイツ留学を終えて帰国してからのことが書かれるが、『どくとるマンボウ航海記』がベストセラーとなる一方で、名作『楡家の人びと』が絶讃され、一躍人気作家となった氏の心のありようが、いかに小説化されるかきわめて興味深く、著者が敬愛するトーマス・マンに比肩する記念碑的教養小説の完成が待たれる。もっとも、そのためには、執筆には最適のいまの「軽躁」状態が、これ以上は昂進せず、また元の「鬱」にも戻らないのを祈ることしきりである。
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