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新潮◆FORUM

Life Work 北杜夫氏『幽霊』の第三部に着手
 有珠山の噴火にたとえては、被害者や対策本部にお叱りを受けるだろうが、作家の北杜夫氏が、長い「休眠」から覚めて、このところ活発な執筆活動を再開している。新刊の『消えさりゆく物語』(小社刊)には、近作の「水の音」(「新潮」新年号)や「みずうみ」(「小説新潮」3月号)など8篇の短篇小説が収録されているが、「新潮45」3月号掲載「マンボウ最後のむざんな『バクチ旅巡業』――いざ茂吉の故郷、というよりも上山競馬場! 篇」には、腹をかかえて笑いころげた読者も多いはずだ。
 その北氏が『幽霊』『木精』に続く魂の自伝の第三部『病葉』(わくらば)に着手した。主人公がドイツ留学を終えて帰国してからのことが書かれるが、『どくとるマンボウ航海記』がベストセラーとなる一方で、名作『楡家の人びと』が絶讃され、一躍人気作家となった氏の心のありようが、いかに小説化されるかきわめて興味深く、著者が敬愛するトーマス・マンに比肩する記念碑的教養小説の完成が待たれる。もっとも、そのためには、執筆には最適のいまの「軽躁」状態が、これ以上は昂進せず、また元の「鬱」にも戻らないのを祈ることしきりである。

Exhibition 駒井哲郎展
 駒井哲郎は、戦後日本における銅版画のパイオニアとして、第一回サンパウロ・ビエンナーレでコロニー賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を受けた画家だが、詩人とのコラボレーションともいうべき優れた詩画集や、挿画、装丁などのブックワークが多いことでも知られている。
 世田谷美術館では、福原義春氏より約八十点の作品が寄託されたのを機に、総数二百五十点で「夢の水脈(みお)――銅版画とブックワークに通うもの」と題し、年代を追って駒井の仕事を幅広く紹介する。
 ブックワークは、安東次男との詩画集「人それを呼んで反歌という」、「からんどりえ」、金子光晴との詩画集「よごれてゐない一日」、ロートレアモン詩、青柳瑞穂訳「マルドロールの歌」、岡本かの子著「母子叙情」の挿画、埴谷雄高著「闇の中の黒い馬」特装本。円地文子著「鹿島綺譚」、古山高麗雄著「プレオー8の夜明け」、大江健三郎著「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」、島尾敏雄著「日のちぢまり」の装丁、「季刊藝術」のカットなどで、多様な技法による表現をみせる駒井の作品が、文学的な資質に根ざしたものであることを強く感じさせる。
 大岡信の詩「物語の朝と夜」に組み合わせて作られ、大岡氏に贈られた作品では、絵の下に駒井が自筆でその詩を書いており、駒井の端整な筆跡も見ることができる。「だれかが呼んでいるので 眠っていても歩んでいる」に始まる大岡の詩と、単色の階調のなかに朝とも夜ともとれる光の世界を描く駒井の絵とは、ハーモニーを醸すという以上に一体化して「束の間の幻影」の宇宙に見るものを誘う。あふれる電子メディアのなかで、紙の優位さえ感じさせてしまう一枚だ。
(五月二十一日まで。毎週月曜日休館。電話 03-3415-6011)

Award 川端賞選考会をTV局が取材
 生誕101年を機に第2期が始まった川端康成文学賞の選考会は、3月16日と4月14日の両日、床の間に川端康成の書「深會」の掛軸のかかる紀尾井町福田屋の一室で行われた。受賞作2篇および選評は、本号に掲載したとおり。作風は正反対ながら、甲乙つけがたい両作が受賞となったのは、司会役の川端香男里氏(川端康成記念会理事長代行)の英断によるところが大きい。その理由は、昨年は休んだので、今回は2年分を対象としているから、2作受賞は必然であるというもの。
 受賞作発表の記者会見では、選考委員を代表して田久保英夫氏が選考の経過と受賞の理由を懇切に語ったが、この席にはフランスのTV局も取材に現れた。同局は「世界の作家100人」という番組をシリーズで放映しており、日本からは谷崎、三島に続く3人目の作家として川端が登場するとのこと、生地の大阪茨木や、作品の舞台となった京都、鎌倉をカメラに収めた後、その仕上げとして、当日の模様を録画した。日本では、短篇小説がかくも重視されていることを目のあたりにして、思いを深くしたことだろう。授賞式は6月23日、新潮四賞と同時に、ホテル・オークラで催される。

New Media 絶版文庫100冊を収めたCD-ROM
 年間五千点以上もの新刊が刊行されている文庫市場。一冊五百円程度で購入できる手軽さはありがたいが、新刊が発売されるその蔭では、売れ行き不振で絶版となってしまう名著の存在が見え隠れする。いつか読もうと思っていた本がいつのまにか絶版になっていて、悔しい思いをしたという経験は誰にもあることだろう。
 そんな読者のニーズに応える商品が発売された。「CD-ROM版 新潮文庫の絶版一〇〇冊」がそれである。MacでもWindowsでも使えるCD-ROMに、惜しくも絶版となった国内外の一〇〇作品が全文収録されている。文庫のページ数に換算して、じつに五万五千ページがたった一枚のCD-ROMにまとめられているというのだから驚きだ。
 ラインナップを紹介すると、日本文学は石原慎太郎「化石の森」、倉橋由美子「暗い旅」、上林暁「聖ヨハネ病院にて」、佐藤春夫「都会の憂鬱」、島尾敏雄「出発は遂に訪れず」、島田清次郎「地上」、火野葦平「糞尿譚」、室生犀星「性に眼覚める頃」、安岡章太郎「流離譚」、横光利一「旅愁」など六八点。海外文学はジッド「贋金つかい」、ジュネ「花のノートルダム」、ソルジェニーツィン「収容所群島」、フォークナー「野生の棕櫚」、ボーヴォワール「他人の血」など三二点と名作がずらりと並ぶ。
 パソコン画面で読書するために開発された特別の書体を添付し、たとえば従来は「冒涜」となってしまう「涜」などJIS第2水準外の文字群も正しい字体で表示される。縦書き表示でルビも付いているから、通常の本を読む感覚と変わらない。文字検索機能も充実しており、登場人物や地名といった好きな言葉で検索を楽しむこともできる。
「ブームに乗ってパソコンを購入したものの手付かずのまま」という人に是非ともお勧めしたい。入学祝いなど、プレゼントにも最適だ。定価一万六千円。

Republish 石垣りん詩集の復刊
 戦後を代表する女性詩人・石垣りんの詩集の復刊が始まった。茨木のり子氏の『倚りかからず』に続き、天声人語に取り上げられたこともあり、大きな話題を呼んでいる。
 版元は童話屋。3年前、代表の田中和雄氏が自ら編んだ石垣さんの選詩集『空をかついで』を刊行、その好評に力を得て復刊の運びとなった。『表札など』を皮切りに、『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』『略歴』『やさしい言葉』の4冊が2001年10月までに上梓される。長らく絶版となっていた全詩集が装いを新たにして、現代の読者に届けられることとなった。
「自分の住む所には/自分の手で表札をかけるに限る。」という詩行で知られる「表札」はつとに名高いが、女性の生活の現実に深く根差し、厳しく推敲された作品の数々は、今も新鮮な輝きを放っている。とくに、台所の鍋や釜や包丁、あるいは食材であるパンやシジミなどから底光りするポエジーを見出す視線は、独壇場というほかない。
 石垣さんは今年で80歳。詩を書くわがままを通すために、40年間銀行勤めを続けた人である。
 童話屋の田中氏は、茨木のり子さんの紹介で石垣さんと知り合い、「『表札』の精神の高さに打たれ」刊行を決意した。
 石垣さんの、自らに対する妥協のない姿勢は知られているが、今回でも一頁に満たない「付記」の文章が書き上がるまで半年も費やしたとのこと。その中に「その需要を案じながら」という一節が見えるが、書店では大変な人気を呼び、手間のかかるクロス装のゆえ、殺到する注文に応じきれない状態だそうだ。
「それらなつかしい器物の前で/お芋や、肉を料理するように/深い思いをこめて/政治や経済や文学も勉強しよう(私の前にある鍋とお釜と燃える火と)」
 石垣さんの気高く深い人間への信頼は、21世紀への貴重な道標となるだろう。

Open 「新潮社記念文学館」開館
 小社にとっては、面映ゆい名前の文学館が、先月19日、東北の“小京都”として知られる秋田県角館町の総合情報センター(総工費約20億円)の一画にオープンした。展示場は約100坪。図書コーナーも併設され、大正11年よりの小社の刊行物1万8000冊余りが収蔵されている。(閲覧も可)
 小社初代社長・佐藤義亮(1878~1951)が、明治半ば、文学への志を抱いて故郷・角館町を出たのは17歳の春のこと。同じ頃、青雲の志を共有して、上京した同郷の士に、日本画の平福百穂、小説家の田口掬汀などがいた。
 1896年(明治29年)、苦難の果てに、新聲社(新潮社の前身)を創立し、(ちなみに月刊誌「新潮」第1号が創刊されたのは同年5月5日)以後、革新的な出版活動を展開することになる。
 佐藤義亮は、終生、故郷を忘れず、新潮社の刊行物を地元の図書館に寄贈し続け、歴代の社主もこれにならってきた。今回、その長年の奉仕活動が、記念館の設立に結実したというわけである。
 館内の展示は、「新潮社のあゆみをたどりつつ、明治以後の日本近代文学の歴史の一端に触れ得るように構成」されている。
 開館記念の展示は、昭和2年、「円本」として空前の売れ行きを見せ、一世を風靡した世界文学全集や、与謝野晶子短歌全集、若山牧水の歌集「くろ土」、作家たちの生原稿などのほか、第1期、2期、3期とスタイルを変えてきた新潮文庫の変遷を辿る展示など。
 名誉館長には、田口掬汀の孫である作家の高井有一氏が就任、当社社長とともにテープカットに臨んだ。武家屋敷と桜堤で有名な角館、桜の見頃はこれから。お立ちよりの際は、一度、訪ねてみてください。
(連絡先 0187-52-2100)