本・雑誌・ウェブ
サクラン坊とイチゴ
宮 林太郎



 朝、目を覚ますとぼくのペニスが見つからない。昨夜
はぼくの隣でまだ熟睡している女房と夜遅くまで睦み合
ったのだし、その時までは確かにぼくのペニスは存在し
ていた。それもかなり活発に活動して、ハリキッていた。
ところが今朝それがなくなっている。どこを探しても見
つからない。と言っても、ぼくの股のあいだについてい
るはずなのだ。そこへ手をやってみてそれがわかったの
だが、手で撫でてみるとなにもない。もっと探ってみる
とそこが縦に割れていて、ずっと尻の方から上の方へ指
をもってゆくと、それは割れ目になっていた。ぼくのペ
ニスが消えたのだ。これは大変なことになったぞ! と、
ぼくは思った。ぼくは女房の顔を見た。すやすやとよく
眠っている。ぼくはそっとベッドから降りて、トイレへ
いった。ペニスがないとしたら、いつものように立った
ままでやるわけにはいかない。ぼくは便器に腰をおろし
て、しゃぁとやった。確かに小便は気持よく流れ出たが、
ちょっと何時もとは様子がちがう。どんなふうに違うか
というと、ぼくは生まれて初めてこれを味わったわけだ
が、ホースを通して流れるのと、直に肉のあいだから流
れ出すのとでは、まったく感じが違うのである。これは
男の経験したことのない妙な感覚の相違であった。ぼく
はトイレを出ると、キッチンへ行って水を一杯飲んだ。
気持を落ち着かせるためである。なにか異変が起こって
いるということはわかる。それについて思い当たること
はない。ただそれが大変な異変であるということは事実
で、世にも不思議な事件である。ぼくが女になるなんて
考えられない地殻変動である。もしそれが事実だとした
らぼくの三十年間の男の歴史はどう塗り替えられるのか、
かいもく考えがまとまらない。これは困ったことになっ
たぞ! と、もう一ぺん思った。
 ぼくは自分の部屋へ入って壁にかかっている鏡をはず
して床の上のマットにおいた。それからその鏡に跨がっ
て両足を広げて股のあいだを眺めた。暗かったのでスタ
ンドの電気をつけて、そこがよく見えるような位置へも
ってゆくと、股の割れ目がはっきり見えた。確かにこれ
は女性性器そのものである。ちゃんと割れ目が出来てい
て、それがピンク色の皺襞に見えたし、その上方の割れ
目の始まるところにはちゃんとしたクリトリスまでつい
ていた。ぼくがよく拡げて中身を観察する女房のものと
そっくりなのだ。これには参った。どうしてこんなこと
になったのだろう! これは女性変身である。ただ、な
んといってもどうすることも出来ない地殻変動である。
 ぼくは鏡を元の位置に戻して、ひょいと自分の姿を見
ると胸が膨らんでいる。パジャマのボタンをはずして胸
を拡げてみるとそこにはカッコウのいい乳房が年の若い
娘のように膨れあがって付いているのに驚いた。それは
得もいわれぬ見事な代物で、赤い乳首まで付いていた。
これは、えらいこっちゃ! と、また思った。尻はと考
えて両手で撫でてみると、そこも充分青春の豊かさをも
った膨らみ方をしている。摘んでみるとふっくらとした
柔らかさである。これはしたり! と、もう一度ぼくの
頭の中を整理してみた。それからぼくは部屋のソファに
腰をおろした。すべてが大陸移動型の地滑りにちがいな
い。
 ぼくは、しばらく考えたあとで女房が眠っている部屋
へ帰ってきた。彼女は目を覚ましていて、
「あなた、どうかしたの?」と、たずねた。「こんなに
早く起き出すなんて、あなたらしくもないわね、眠れな
かったの?」彼女は枕元の時計を見た。「まだ五時なの
よ」
「うん……」と答えたが、その声はいつものぼくの声で
はなくて多少アルトがかった声帯の震えだった。ぼくは
ベッドの端に腰を下ろした。
「どっかいつものぼくとは違うんだ」
「そうねえ。かなり肥ったみたい。どこか悪いの?」
「いいや。どこも悪くないが、少し様子が変なんだ」
「どんなふうに?……」と、女房が言った。それから彼
女は上蒲団を捲って、「もう一度眠ってみたら」と言っ
たが、彼女の白い太腿が目についた。「ここへいらっし
ゃいよ」と、ぼくの寝ていた場所を指差した。