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新潮 FORUM

Special 二人の大型新人
 十月十六日、第32回〈新潮新人賞〉の贈呈式が都内のホテルで行われた。「質はまさに劇的に向上したという実感があった。(略)選考委員冥利に尽きる」(福田和也選考委員)と高い評価を受けた今回、小誌は幸いにして、二人の大型新人を世に送り出すことができた。
 小説部門の受賞者、佐川光晴氏は、北大法学部卒で、現在、食肉処理場に勤務しているという異色の経歴の持ち主。受賞作「生活の設計」でも描かれているが、職場では鍔の無い長大な刃物を駆使しているという。現場勤務は十年に及び、佐川氏によれば、氏の解体技術は「職場でも一二を争う域」に達しているそうである。とはいえ贈呈式の日と翌日は、もしもの事を考えて有給休暇を取って式に臨んだというから、職場の厳しさは推して知るべし。
 会場には、学校教員の夫人や一人息子の三四郎君、御両親、夫人の御両親も出席され、良き家庭人でもある氏の受賞を暖かく祝福した。
 2次会の会場では、中村光夫の「二葉亭四迷」に感動したことや、大岡昇平、後藤明生といった愛読作家のことなどについて、「日頃話す機会の無い」文学談義を繰り広げた。
 評論・ノンフィクション部門の受賞者、中島一夫氏は、中学、高校で国語を教えている。贈呈式の当日、「風紀委員会」があったとかで、「学校崩壊」の現場に立つ苦労は、想像を超えるものが有る様子。夫人も短大で文学を教えておられ、受賞作「媒介と責任―石原吉郎のコミュニズム」は、喫茶店で書いたもので、脇に座って本を読んでいた夫人の「厳しいチェック」を受けて書き上げたという。今後も中島氏の第一読者は、夫人となることは必至で、「力作ぞろい」(李恢成選考委員)の選考を勝ち抜いた氏の二人三脚は、これからも続きそうである。

Champion 第4代朗読王・島田雅彦!
 去る10月9日、水道橋バリオホールにて、「詩のボクシング」第4回世界ライト級王座決定戦が闘われた。チャンピオンは第3代・平田俊子氏(詩人)。挑戦者は、小説家としては初めてリングに上がる島田雅彦氏。激しい闘いは……とご報告する前に、まず「詩のボクシング」についての説明が必要だろう。これは、ボクシングに見立てたリング上で、詩人は自作を朗読し、観客をどれだけ引きつけたかを競い、ジャッジがその勝敗を判定するという競技である。日本では、1997年6月にアメリカで開催されていた「詩の朗読によるヘビー級の闘い」を観戦した楠かつのり氏が「日本朗読ボクシング協会」を発足させ、これまでに、ねじめ正一氏(第1代朗読王)、谷川俊太郎氏(第2代)など錚錚たるメンバーがリングに上がった。
 試合は1ラウンド3分全10ラウンド制で、交互に詩を朗読する。超満員の観衆の中、朗読によって対決するという闘いは、思いのほか緊張を強いるもので、白い前掛けの上に茶色い革の背広を羽織った島田氏は、講演等で百戦練磨のはずもやや固い。チャンピオンの平田氏は、去年強敵白石かずこ氏を破った実績があるせいか、心なし余裕が。蝦が印刷された白いガウン姿に、静かな闘志が感じられた。
 闘いは熾烈を極めた。密かに書き溜めていた詩を、豊かな声量でロマンチックに読み上げる挑戦者。日常性の中の闇を、感情を込めてひたひたと読み込むチャンピオン。お互いの名を読み込むルールの5ラウンドでは、「トシコ」「シマダマサヒコ」の言葉遊びに観客席は爆笑の渦に包まれ、島田氏がオペラやジャッジ巻上公一氏風の歌唱朗読という荒業に出れば、平田氏は詩人としての確かな表現力で対抗し一歩も譲らず。最終ラウンドの即興詩で、突如宮沢賢治のパロディを展開する機転を見せた挑戦者が、わずかの差で勝利した。
「胃の裏が痛くなった」という島田氏。勝利に歓喜していた愛息の弥六君によると、「お父さんは勝ちたいって随分練習してたよ」との事。純文学書下ろし特別作品『彗星の住人』の刊行(11月30日)を前に、いい前祝いとなった。なお、この闘いはNHK教育テレビで放映される予定。

Talk Show 三木卓氏、英国の絵本画家とトークショー
 童話作家としても知られる三木卓氏が、「わすれられないおくりもの」で世界的に有名なイギリス人女流絵本画家スーザン・バーレイさんと二人三脚で、絵本「りんご」(かまくら春秋社刊)を刊行し、それを記念して十月三日、渋谷TEPCOホールで二人のトークショーが開かれた。
「りんご」誕生のそもそものきっかけは、平成十年の春、原画展で来日中のスーザンさんが三木氏の住む鎌倉を訪ねたことだ。路地裏の小さな居酒屋で意気投合した二人は、「近い将来、合作の絵本を出版しましょう」と約束を交わしたという。
 絵本は、文を三木氏が、絵と英語への対訳をスーザンさんが担当。一本のりんごの木が芽吹いてから、嵐などのつらい体験を乗り越え、リスやヘビ、モグラ、月などとの交流を通じて成長し、豊かな実りをもたらすまでを描いた、「いのち」の物語が出来上がった。
「日本だけでなく、イギリスやポルトガルでも刊行される予定」
 と版元。日本の児童文学が海外に紹介されるのは極めて珍しいケースなのだそうだ。
 と言っても全てが順風満帆だったわけではない。この日のトークショーでの発言によると、
「リスが木におしっこをする場面を書いたのですが、イギリスの童話では受け入れがたい表現なのだそうで、全面的にシーンを書き直しました」(三木氏)
「丸いお月さまが語りかけるシーンがありますが、イギリスではトーキング・ムーンは三日月で書くのが常識なので戸惑いました」(スーザンさん)
 何か起こるたびにプロデュースにあたった
版元社長は、鎌倉とスーザンさんのアトリエのあるマンチェスターを頻繁に行き来、その数は十数回に及んだという。

Play 「アボジを踏む」東京公演
 平成九年度第二十四回川端康成文学賞を受賞した小田実氏の短篇小説「『アボジ』を踏む」を原作として、済州島のハルラサン劇団が舞台化した「アボジを踏む」。故郷での土葬を願い、韓国済州島で死んだ在日韓国人のアボジ(父親)をめぐり、妻と七人の娘が南北分断の現実にさらされるという、この作品は、昨年九月の済州島公演を皮切りに、今年五月にはソウル国立劇場にて上演を果たしたが、この舞台の東京公演が、十月七日、八日の両日、青山のスパイラルホールでおこなわれた。
 会場には、高校生から両親、祖父母と三世代で駆けつけた在日コリアンが数多く集まり、家族で席を譲り合う姿が見うけられた。また、会場では、キムチや韓国焼酎(平壌とハルラサンの南北焼酎のセット販売!)も売られていた。
 日本人作家による原作を、韓国済州島の脚本家が脚色し、それを韓国の新たな民衆劇とも言うべき「マダン劇」(俳優と観客が直接触れ合う新しい演劇形式)として演じたこの舞台は、日韓の文化や言葉が混じりあった例のない家族劇である。
 圧巻なのは文字通り「アボジを踏む」ラストシーン。死者の棺を納めた墓の盛り土を、霊魂がさまよわないよう、家族や親戚で踏み固める済州島の風習にちなんだこのシーンは、不思議な賑やかさと明るさに満ちたものだ。
 原作にはないシーンもかなりあるが、そこはまさに日韓の共同創作。「ただの日韓両国民の政治連帯あるいはありきたりの文化交流より日本と韓国双方の未来にはるかに大きな意味を持つもの」(小田氏)だったのではなかろうか。

Web Magazine 福田和也氏、ネット・マガジン編集に乗り出す
 一年ほど前、ついに福田和也氏が電子メールを始めた時、文壇の一部ではどよめきが走った。人間同士の生の対話を尊重し、メール的なコミュニケーションを否定する論からの「転向」と見られたからだ。しかし、神出鬼没の活躍のせいで、なかなか連絡を取りづらかった編集者にとって、大きな福音であったことはいうまでもない。その福田氏が、いよいよ本格的に電子メディアの海へと乗り出した
 丸山孝編集長のもと、福田氏が特別編集委員を務めるWEBマガジンの名は「JUSTICE」。
 クリス・ペプラー氏と二宮清純氏が編集委員も務め、政治・経済からエンタテイメント、スポーツまで幅広いコンテンツを提供する、本格的な編集である。すでに、小沢一郎、小泉純一郎、柳美里、磯崎新、前田日明、スガシカオ、宮本浩次など、各界の先端を走る人々のインタビューが終了したという。その他、懸賞やオンラインゲームなど、多彩なチャンネルとともに運営され、活字メディアとはまた違った形で、読者との対話が成り立つことになる。
 福田氏からは、「従来から私は、ウェッブの技術は紙媒体ときわめて近いと思ってきました。ウェッブ上で、クオリティ・マガジンを作るという挑戦をしたいと思っています。コンテンツは、各誌編集者に恨まれそうな高レベルのものばかりです。」というやる気に溢れたコメントが届いている。雑誌編集には一家言ある氏の活躍を注目したい。
(11月上旬開設予定 アドレスはhttp://www.i-mediatv.co.jp/

Traveler 藤原新也・「旅の軌跡」展
 2000年の新年号から、小誌の表紙を担当しておられる藤原新也氏。少女の無垢なまなざしに、どぎまぎした方々も多いことだろう。
 今、長野県の駒ヶ根高原美術館では、「旅の軌跡」と題して藤原氏の初の回顧展を開催している(本年12月20日まで)。1969年の印度への旅を皮切りに、チベット・台湾・韓国・アメリカなど、世界各地を旅してきた氏は、写真、文章、絵画など様々な方法を自在に操り、個と世界のリアリティを鮮やかに刻み込んできた。その30年の全てを、540点もの作品を通して体感することができる。本年、小社より「藤原新也の現在」と題し6冊の作品集を毎月一冊刊行するという大胆な試みを展開したが、それに続き「20世紀の総括」を行うこととなった。
 展示は7つの部屋で構成され、「印度放浪」「全東洋街道」「東京漂流」「メメント・モリ」など、時代を画した作品群がコンセプトごとに集められている。「動物千夜一夜物語」と題した部屋で、絵画をまとめて鑑賞できるのも楽しい。また近年、聖と俗を富士山とコンビニエンスストアという構図で取込んだり(「俗界富士」)、バリ島の美を最先端のデジタル・プリンターで印字したり(「バリの雫」)と、文明の両極を取込んだ仕事が続いているが、そうした新しい試みと過去の軌跡がどう重なるかも見所だろう。
 藤原氏は、来年も表紙を担当して下さることが決まっている。「デジタル・ゴーギャン」という魅力的なキイ・ワードを頂いているが、さてどうなるか。蓋を開けてみるのが楽しみである。最後に、「美術館の近くに、おいしいカレー屋があるよ」と伺ったことを付け加えておきたい。

Designer 新潮社装幀室の「ほんのお仕事」展
 かねてからその仕事ぶりに目を留めていた画家の唐仁原教久氏の勧めで、新潮社装幀室の初の展覧会が10月20日から25日まで原宿のHBギャラリーで開催された。会場には、今年刊行された単行本、全集、文庫などの、全ての装丁が展示され、単行本は手にとって見ることが出来るように並べられていた。「新潮」の臨時増刊「三島由紀夫没後三十年」を含む、11月刊行予定の本はラフのカバーをかけた束見本が置かれ、進行中のアイデアも知ることができるように工夫されていた。
 11人の部員が、同じ白い額縁の中に装丁した本をフィーチャーしたコラージュ作品が、それぞれの作品解説やユーモラスな自己紹介とともに飾られ、各人の個性を見ることも出来た。美しい本を創りたいという小社の伝統の中から育まれ、新しいブックワークをしなやかに探っていく個性豊かなデザイナー集団の仕事に今後も期待したい。