第十六回 三島由紀夫賞受賞作 阿修羅ガール 舞城王太郎
第一部 アルマゲドン 1 減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。 返せ。 とか言ってももちろん佐野は返してくれないし、自尊心はそもそも返してもらうもんじゃなくて取り戻すもんだし、そもそも、別に好きじゃない相手とやるのはやっぱりどんな形であってもどんなふうであっても間違いなんだろう。佐野なんて私にとっては何でもない奴だったのに。好きだと言われた訳でもなく友達でもなく学校が同じだけでクラスもクラブも遊ぶグループも違う佐野明彦なんかと私はどうしてやっちゃったんだろう? お酒のせい? お酒のせいにするのは簡単だけど、でもそれはやっぱり違う。道義的に、とか倫理的に、とかの間違いじゃなくて、単純に本当じゃない。 本当は、ちょっとやってみたかったからやったのだ。 佐野明彦のチンチンは冗談のタネが無数に並んで全部爆発寸前って感じで小さかった。噂どおりだった。私には、ふーんじゃあその噂を確かめてみるかという軽い気持ちもあった。佐野明彦の、チンチンの小ささをカバーするための指テクとかゼツギとかの噂の真相にも、まあちょっとだけ興味があった。佐野のテクニックの良し悪しについてはよく判定できなかったけど、まあ仕方ないと思う。私はどうしても、ちょっとでも好きになった相手じゃないとのれないのだ。でも、それなりに濡れはしたということは、やはり佐野のテクはそれなりにあったんだろうし、てことは噂も本当だったと言えるんだろう。この私も、好きでもない佐野明彦にいろいろいじられて、ちゃんと濡れはしたのだ。 最悪。 私の頭をくらくらさせるのは、あの時、横になった私の体の周りを裸でひょこひょこ移動しながら私に触り、私に浴びせてきた佐野明彦の馬鹿みたいな台詞。 「気持ちいい?」「ここ、いいんじゃないの?」「あ、これ、いいでしょ。いいよ、声出して」「入れて欲しくなったら言ってね。入れたげるから」「グチョグチョじゃんアイコ。音たってるよここ。ほら。ね」 気持ちよくねえよ。いくねえよ。声なんて出ねえよ。出てもおめえに聞かせる声なんてねえんだよ。入れて欲しくねえんだよ。おめえのチビチンポなんて入れて欲しくもなんともねえんだよ。入れたげるじゃねえよ。上に立とうとすんじゃねえよ。責めてるつもりになってるんじゃねえよ。あそこが濡れるのはおめえのおかげじゃねえんだよ。そんだけグリグリ動かしゃ耳の穴でも鼻の穴でもグチョグチョ音がたつんだよ。 佐野明彦のバカチビチンポ。 超ちっちゃいくせにギチンと固くなってて気持ち悪かった。なんか変だった。いびつな感じだった。それが私の中に入ったんだった。 ああもうホント最悪。 「ああ、アイコの中気持ちいい」「アイコ、うう、アイコ、ああ、凄い締め付ける」「バックでやらせて」「上に乗って動いてみて」「腰、もっと動かして」「背中、そらして」「アイコ、超綺麗じゃん。すげーチチ。巨乳揺れてる。ぼいんぼいーん」 馬鹿じゃん? 命令すんじゃねえよ。バックとか騎乗位とか、やってみたいからって連続でパッパパッパやるんじゃねえよ。自分の見たいポーズ取らせるんじゃねえよ。私のおっぱい嬉しそうに揉むんじゃねえよ。 佐野明彦はきっと全部エッチビデオでそういうのを憶えたんだろう。だから自分が画面で見たことを追体験したくて、私をひっくり返したりでんぐり返したり手やら足やらをぐいぐい持ち上げてみたりしたんだ。 それに顔射! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!佐野明彦の、短小なのに包茎じゃない、潔くない、キモいチンチン略してキモチンの超馬鹿馬鹿! 同級生の顔に顔射しようとすんじゃねえよ! 危ないとこだった。早く終われーとか思ってぼんやりしてたけど、イクイクとか言いだした途端にギラリと光った佐野の目の悪巧みに咄嗟さに気づけてホント良かった。ボケーッとしたままだったら、あのまま佐野の汚らしい精子が私の顔に襲い掛かっていただろう。そうなったら、私の自尊心はもう二度と取り戻しようのない手の届かない遠くの暗闇の一番暗くて冷たくて淋しい場所に音もなく落ちて沈んで細切れのズタボロになってとうとう消滅してしまっていたに違いない。 これまで何とかこらえて踏ん張って頑張ってやってきた私の自尊心。佐野明彦の顔射なんかであっさりと失う訳にはいかない。 私のナイス反射神経がサババッと反応してくれたおかげで佐野のウンコザーメンは私の腕にかかっただけで済んだ。 つーかそれ、「だけ」じゃないし。私の大事な左腕が。ご飯を持つ手が。これからご飯を食べる時にはマネキンとかバービードールみたいに左腕を肩からスポンと切り離して自分の部屋のベッドの下にでも隠して右腕だけでテーブルにつきたい。私の大事な左腕は、佐野明彦の阿呆のせいで汚れてしまった。 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
|