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【冒頭部分掲載】

【対談】残虐な世界の言葉

桐野夏生×松浦理英子


言葉と妄念のメカニズム
松浦 桐野さんの作品はずっと愛読していまして、同時代の作家としていつも非常にいい刺激を受けているのですが、今回発表された『残虐記』も、また面白いことをやってらっしゃるなと大変興味深く読みました。これ、『週刊アスキー』で連載してらしたんですよね。
桐野 はい、その時のタイトルは『アガルタ』でした。
松浦 タイトルをお変えになったのは、なぜ?
桐野 『アガルタ』は、二人だけの世界というイメージでつけたんです。チベットの奥地にあるという伝説の地下帝国アガルタ、転じて二人の地下帝国という感じで。けれども書いていくうちに広がって、違和感が出てきました。
松浦 『アガルタ』はマイルス・デイヴィスのアルバム名にもありますよね。
桐野 そうです。実はそれが基なんですけど(笑)。
松浦 これはネット上でも連載が、連動していましたよね。
桐野 してました。ネットとほぼ同時で。私はいつも一番先にまずタイトルを決め、それから書き出すのですが、今回も『アガルタ』と決めた時には、何となくマイルス・デイヴィスのアルバムのジャケット、桃源郷を想起させるポップでサイケな絵がイメージとしてまずあって、ここではないどこかの極地みたいな静かな話にしようと思っていた。ところが書き出したら、ここではない極地には違いないのに、書いたことがブーメランのように戻ってきては、反動で、また違うどこかの極地に飛んで行ってしまう。グルグル回りながらもどこかへ螺旋状に運ばれて行く。書いている間、円環運動に巻き込まれる感じがしたんですね。しかし『アガルタ』という言葉には動的な感じがしない。その頃偶然、谷崎潤一郎の『残虐記』を読み、まず『残虐記』とはぴったりじゃないかと思い、このタイトルを拝借しようと考えたのです。それから、ある事件について報せる手紙から物語が幕を開けるという構成にも魅入られました。別の物語で前後をサンドウィッチすれば、この小説は劇的に変わるんじゃないかと思って試してみた。
松浦 手紙で冒頭と結末をサンドウィッチする。
桐野 そうです。十歳の少女の頃、一年間男に監禁された過去を持つ作家・小海鳴海が、二十五年後に出所した犯人、安倍川健治からの手紙を受け取った後失踪し、事件について書いた手記が残される。それを告げる彼女の夫の手紙で最初と最後を挟むと決め、この夫の秘密というのは後で思いついた。
松浦 誰もがすぐに新潟の少女監禁事件を思い出すと思いますが、なぜこうした題材を選ばれたのでしょう。

続きは本誌にてお楽しみ下さい。