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まるで小説のような

「新潮」3月号
特別定価950円
2月7日発売


◎偶然とは思えない出来事が起きてしまった時、たとえば、飛行機でたまたま隣りに座った人物が初恋の人だったとしたら(俗なたとえで恐縮です)、人は思わず「まるで小説のような」と呟くだろう。言うまでもなく小説は虚構であり、『重力の虹』では主人公の勃起とロケットの軌跡には関係があるし、『百年の孤独』では豚の尾を持った赤ん坊が生まれもする。だが同時に、文学の力は、現実よりも現実らしい世界を読者に示し、時に私たちに現実認識の修正さえも迫る◎では、カフェでディッケンズの『荒涼館』を読み耽る男の隣りで、彼と無縁の女も『荒涼館』を読んでいたら? 村上春樹氏「偶然の旅人」(連作「東京奇譚集」1)はそんな物語だ◎伊井直行氏「青猫家族輾転録」(370枚)の、虚構の家族が生きる虚構の人生劇を読みながら、読者は「まるで人生のような」と呟くのではないか。それもまた小説の素晴らしい贈物だと思う。
(編集長・矢野優)