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【冒頭部分掲載】

青猫家族輾転録

伊井直行


 初めに断っておいたほうがいいと思うのだけれど、僕は十七歳でも二十歳でも、また今の世の中ではまだ成人前だという説のある三十歳ですらなくて、だれも美しいとは言わないし、なりたくてなった人間は滅多にいないという五十歳の男なのである。
 五十歳の男が、自分のことを僕などと称し、一昔前の若者小説みたいな文体で小説を書くのは気味が悪いと苦言を呈する人がいるとしたら、そりゃもっともだと賛成する。賛成はするけれど、ここはどうしてもこのスタイルにしておきたい。
 僕はこの話を、父の弟である叔父に向かって書こうとしている。おじさんは三十年前に亡くなった。そのとき彼は三十九歳。ずいぶん若かったわけだ。当時大学生だった僕には、おじさんは中年男そのものに見えていたのだけれど。
 おじさんは生涯結婚しなかった。少なくとも僕が知る限りでは、子供もいない。しかるにおじさんより遥かに年下だった僕が今や五十歳で、結婚二十年になんなんとする妻と、娘が二人いるのだ。時は過ぎ去る。ギクシャクと、しかし猛スピードで。
 我が家の長女は十七歳、高校を中退し、今は大学入学資格検定を目指している。次女は○歳、正確には生まれて二ヶ月。真っ黒な目玉に一点の濁りもない。子供時分、春の日だまりの池でよく見た大きなおたまじゃくしみたいだ。五十歳になる男が○歳の子供を持つに至った顛末については、ずっと後で触れることになるだろう。

続きは本誌にてお楽しみ下さい。