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【冒頭部分掲載】

生きてるだけで、愛。

本谷有希子


 女子高生の頃、なんとなく学校生活がかったるいという理由で体中に生えてるあらゆる毛を剃ってみたことがある。髪の毛、眉毛、脇毛、陰毛。まつげと鼻毛はさすがに無理だった。でもツルツルになって鏡の前に立ったあたしは長い手足と頭の形がきれいなお陰でこれが「美」だと言い通せばいけそうな気がしたんだけど、やっぱり親には泣かれたし、先生には怒られたし、友達には心配されたり見て見ぬふりをされたし、狂ってるとまで言われちゃったりなんかして、浮きまくった女子高生だった。
 でもそういうのってたとえば今こうやって、テレビでホットドッグの早食いに挑戦しているフードファイターにだって通じるところがあるんじゃないだろうか。優勝を目指してはいるけど、この人はきっと食事自体にもっと手応えみたいなものがほしくて、ソーセージを抜き取ったパンを紙コップの水に浸して喉の奥に押し込んでいるに違いない。じゃなきゃなんで本国の威信を汚されたアメリカ人に「死ねジャップ!」とか中指立てられながら、こんなビショビショなパンなんか食べたいのよ?
 とはいえ自らあみ出した必勝の食べ方を正確無比に繰り返し、黙々と口を動かす男の表情を見ていると、別に食べなくてもいいホットドッグが消化される以外になんの意味があるのか分からなくなってくる。あたしは気づくとテレビの電源を切ってしまっていた。
 静かになると、部屋の中は外を走る車の音とエアコンが吐き出す乾いた送風の音しかしなくなって、少しだけ耳が物足りない。リモコンを使って三十度まで室温を上げた途端、機械が息をつまらせたみたいに送風を止め、シュゴーとおかしな音を吹き出して死んだ。どういう仕組みなのかエアコンというものは高すぎる温度を要求すると、止まることになっているらしい。仕方がないので設定を二十七度まで落として、ベッドに潜り込む。風量を「弱」にしたら、ようやくそろそろと息を吹き返し始めた。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。