| 波 2005年10月号より |
生きることの、真実の一端 沢木耕太郎『凍』 中村文則
世界的クライマー、山野井泰史・妙子夫妻の、ヒマラヤの難峰ギャチュンカン(七九五二メートル)への挑戦を描いたノンフィクションである。 まず、クライミング・バムと呼ばれる若者達の生き方に惹かれる。「バム」とは、浮浪者、流れ者を意味する。アルバイトのような仕事で金を貯め、金の続く限りクライミングをし、なくなればまたアルバイトをしてさらにクライミングへと向かう。そのように自分の生き方を純化し、その目的の全てを山(壁)に登るという行為に集中させる人間達。当然のことながら、命の危険に曝される。雪崩、高山病からくる頭痛、目眩、マイナス四十度を超える凍え、指の切断を余儀なくされるほどの凍傷、一瞬の不覚。しかし彼らは身体を鍛え続け、憑かれたように山に登り、登頂を果たすとまた次の山へと向かう。 なぜ彼らは山に登るのか。泰史氏の場合、幼い頃から危険に対する「ある感覚」があったと書かれている。「(ゆっくりと走る貨車を見ながら)もし自分がこの踏切をくぐり抜け、素早く貨車の車輪と車輪のあいだを走り抜ければ、向こう側に渡ることができるタイミングがある。(中略)すごく満足感を得られると思うのに、やはりできないのはどうしてだろう。」このような危険への誘惑と克服への願望は、人間の本能の深淵からくる、生命の声であるのかもしれない。 しかし、彼は無謀なことはしない。登ることのできる可能性が少しでもある山へは挑戦するが、絶対に攻略できない山(たとえば登ることは出来ても、その壁の性質上降りることのできないもの)には登らない。冷静で慎重な意志をもち、無理だと思えば途中で引き返す。危険に挑む感覚も大きいが、泰史氏の「そこに確かな山があるとき、その山を登りたい」という感情や、「頂点に登った瞬間ではなく、頂上直下を登っている自分を想像するとたまらなくなる」という昂揚感、そして妙子氏の、どのような困難に見舞われても「このままずっと山に登っていこう」とする一貫した姿勢からは、純粋にクライミングが好きだという彼らの思いが、実感としてしみじみと伝わってくる。 それにしても、山野井夫妻のギャチュンカンへのクライミングは、壮絶極まるものだ。天候の突然の悪化で雪崩に遭い、低酸素で目が見えず、肉体も精神も限界の境目を越えていく。「指がカチカチに凍っていく。感覚を取り戻そうと、口に含んで歯で噛む。それでも感覚が戻らないので、岩に手を打ちつける。(中略)一本のハーケンやアイススクリューを打つのに一時間はかかったろうか。四本で四、五時間はかかることになる。一本打つたびに指が一本ずつだめになっていくような気がした。左の小指、左の中指、右の小指、右の中指……(中略)『ああ、心臓が止まる、止まる……』」 妙子氏がロープで五十メートル以上落下し、生きているか死んでいるかわからない状況でも、泰史氏の意識は、冷静に彼女の生死を判断しようとし、ロープをどうするか、これからどう動くかを考え続ける。それでもこのシーンが少しの違和感もなく、冷酷にも思えないのは、彼ら夫婦の希有な絆が、しっかりと全般にわたって書き込まれているからだ。彼らは、死をも超越したような高みで繋がっているように思う。愛などという言葉で簡単には語れない、クライミングという常に死に対峙する行為に精通した同士の、二人の間でしかわからない独特な感覚がある。 一連の息を呑むシーンを読み進みながら、クライミングとは、生物としての人間の、全てを使い切るものなのだと感じた。肉体の中枢から指先までの全神経、少ない酸素を取り入れるための肺から、劣悪な環境で栄養を取るための消化器官、精神、視界を失った時の聴覚に至るまで、自らの全てを総動員し、常に死を意識しながら危険を克服し、頂きへと向かっていく。生きる行為が凝縮したようなその格闘の描写は、読むものを引き込み、圧倒していく。 まだ読んでいない人のために結末は言えないが、読み終えた時、これはクライミングの独特の魅力や壮絶さを通して、生きることの真実の一端を描き切ったものだと思った。泰史氏もさることながら、妙子氏の人柄の描写がいい。彼ら夫婦の日常生活も、とても魅力的に描かれている。 挑んでいく魂と人の温かみを描いた、人間ドラマの秀逸な記録である。 (なかむら・ふみのり 作家) 【書評】ギャチュンカンからの生還(神長幹雄) |