| 波 2004年8月号より |
黒川伊保子『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』 黒川伊保子
ここに、二人の男子中学生がいたとしよう。どちらもキュートな笑顔の持ち主で、容貌も成績も運動もそこそこ、どっちが上とも言えない二人、サワムラ シュンスケくんと、カワダ ツヨシくん。さて、どっちがもてると思いますか? 私には即座に答えがわかる。サワムラ シュンスケくんの方に決まっている。 Sawamura Shunsuke……名前に配されたS音の魔法のせいだ。十三歳から二十歳くらいまでの少女は、S音に格別の快感を覚えるのである。サンリオ、サンスターなど成功したファンシーグッズの会社はみな、名前にS音を持っている。 ことばの音は、口腔内に起こる物理現象である。S音は、舌の上を滑らせた息を歯と歯茎にぶつけ、口元で乱気流を起こして出す音。舌を滑る息は適度な湿り気を含んでいる。すなわち、S音は、口の中を吹き抜ける爽やかな風なのだ。と同時に、滞らないスムーズなイメージを喚起する。 一方で、思春期の少女たちはホルモンバランスが悪く、身体がだるさや重さをもてあましている。「何かがいつも滞っている」、そんな意識とイライラが彼女たちを支配しているのだ。中学生の娘が億劫そうに動き、注意をすればキレるのは、何も心の問題ばかりではないのである。 「サワムラくん」「シュンスケ」、そう呼んだとき少女のからだを爽やかな風が吹き抜ける。彼女の重い身体(というより意識)が一瞬軽くなってなんとも心地よく、この名の持ち主が救いの王子様に見えてしまうのだ。 とはいえ、カワダ ツヨシくんも落ち込むことはない。堅実な印象と共にある彼は、結婚適齢期の女性には好感度が高い。 このように、ことばには、音によって喚起されるサブリミナル効果(潜在意識のイメージ)がある。どのイメージが心地よいのかは、聞く側の生理状態に依存する。『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』は、この音のサブリミナル効果についての私の考察である。 少女たちはS音を好み、その父親世代は、少女たちが大嫌いなM音とD音を好むのである。Mは成熟した女性の豊満なイメージ、Dは大きくどっしりしたイメージで、どちらも滞りの音。肩書きや大金を欲するオトナの男たちの音だ。 ところで、つい最近、あのマドンナが、エスターという名に改名したという。私は、はっとした。実は、女たちがS音の魔法を欲する時期が、思春期以外にもう一回あるのである。更年期だ。更年期のほてり滞る身体を癒すSの誘惑。 MとDで男たちを翻弄し続けたセックスシンボルが、Sの誘惑に身を委ねた。今年四十六歳になる彼女が、自然に清楚な大人の女性に変わろうとしている。彼女が持つ「自然」の力に感銘せずにはいられなかった。それこそマドンナ改めエスターの女としての野生の強さなのだろう。 (くろかわ・いほこ 株式会社感性リサーチ代表取締役社長)
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