| 波 2005年1月号より |
山本浩『仁義なき英国タブロイド伝説』(新潮新書) 山本 浩
英国タブロイド文化は、実に奥が深い。 新聞販売競争のトップから六番目くらいまでは常にタブロイド判の「大衆紙」が独占している。イギリス人はタブロイドが大好きなのだ。 ロンドンに滞在した五年間、私もすっかりタブロイドにハマッた。日本の常識では決して捉えられない摩訶不思議な世界に心を奪われた。 まず、その分量がすごい。全八十ページくらいある。表から開くと、「故ダイアナ妃が遺した謎の手紙発見」などという特ダネが載っている。ダイアナ妃を食い物に部数を伸ばし、彼女の死後もなおネタを嗅ぎ回るハイエナのようなタブロイド魂に背筋がぞくぞくさせられる。 裏側から開くとスポーツ新聞の様相となる。試合があろうがなかろうが、主役はベッカム様だ。内容はいつもどぎつい。監督とベッカムの口論の詳細が暴露されていたりする。一体誰に取材したのか、「見てきたように物を言う」記事のスタイルに痺れる。 大誤報をぶっ放してくれるのも魅力である。ダイアナ妃を例にあげれば、生前、下着姿の写真とともに「諜報機関が浮気の現場を監視」と報じた。実際には、そっくりさんが演じた全くのデタラメ写真だった。誤報が発覚すると、一面トップに「ごめんなさい」と大見出しを掲げ、ひょうきんに振る舞うのがタブロイドの流儀である。 もちろん特ダネの醍醐味はメガトン級だ。清掃員に偽装した記者が厳戒態勢の空港に潜入し、「機内爆弾持ち込み実験」をやった。警備の盲点が暴かれ、英政府は対策を一から見直すことになった。召使いに偽装して長期間、バッキンガム宮殿に潜入した記者もいた。赤裸々に綴った見聞録は話題をさらい、偽装記者は「アカデミー賞なみの演技力だ」と絶賛されて年間スクープ大賞に輝いた。「あんた、そこまでやるのか」と読者に言わしめるのがタブロイドの真骨頂、てんこ盛りのサービス精神なのである。 タブーも人権も蹴飛ばしてしまう危うさ。これもまたタブロイドの特徴である。なにしろ、チャールズ皇太子でさえ合成写真で丸坊主にしてしまう。「皇太子にお似合いのヘア・スタイル考えます」という傍若無人さだ。報道規制を敷こうとする側近たちのことは「王室のギャングたち」と呼んで憚らない。表現の自由を錦の御旗に、ゴシップこそ国民の関心事だと開き直る。本当にタブーがない。凄すぎて形容詞が見つからない。 ダイアナ妃やエリザベス女王、ベッカム様にブレア首相。タブロイドは何でも「十八番のネタ」にしてしまう。その力強さと無謀さ、突き抜けたユーモアセンスを解剖し、英国タブロイド文化の秘密を暴き出してやろう。そんな思いを込めて『仁義なき英国タブロイド伝説』を書いた。 (やまもと・ひろし ジャーナリスト)
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