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「十二国記」が、くれるもの

作家 三川みり

 誰しも生きていたら当然だとは思いますが、ちょいちょい理不尽な経験をします。辛いこともあります。どうしようもない運命があることも知り、信じられないくらい嫌な人間がいることも、知ります。

 弱い人間のわたしは、そんな経験をすると捨て鉢になりかける。事実も現実もどうしようもないので、心の落としどころもわからず、現実に対して逃げ腰になったりするのです。

 そんなときに「十二国記」を読みます。自己啓発本でもなく、心地よい言葉が並ぶ本でもなく。必要なのは「十二国記」です。

 十二国の世界は厳しい。現実並みに、時には現実以上に、厳しい。「そんな厳しい物語を落ちこんでいるときに読んで、さらに落ちこみたいのか!」と、突っこまれるかもしれません。

 けれど、厳しい世界を登場人物とともに体感した後に残るのは、「生きていこう」という、力強さ。心の落としどころを見つけ、心の奥底が静まるような強さです。

 陽子をはじめとした人間たちはもちろん、麒麟だって、女怪だって、登場人物たちは皆、懸命に生きています。登場人物たちが抱える葛藤、怒り、哀しみ。そして希望や、心のあり方の変化。それらに夢中になって読み進めていると、十二国で生きる人々の思いが、胸に染みこみます。彼ら彼女らの言葉に、はっとします。

 そして現実を見つめながら歩む人々の姿が、逃げ腰になりがちなわたしにも、力をくれるのです。

 予定調和や、お約束のない物語に、飽きる瞬間がありません。風景はもちろん、音や、湿度や香りまで、体感しているような文章は、するすると頭に入ります。見たこともない生き物の姿や、特殊な世界が脳内で鮮やかな映像となる心地よさは、なんとも言えません。読書の幸福がここにある、と感じます。

 景色を見て、風を感じ、人々の気持ちで読める物語だからこそ、その世界が確かな存在となって、わたしの中にあります。

 わたしを含め、多くの読者が何年も「十二国記」を待っていたのは、ただひたすら、自分の中に存在する国々や人々の先行きや運命が、気になってどうしようもないからだと思います。十二国の世界で今、何が起きているのか。何が起ころうとしているのか。それを知ることができる喜び。十二国の世界の扉が開く。それが楽しみでなりません。

yom yom vol.58 2019年10月号より)