なんとなく、その視線につられて、沖崎はホームに目をやった。
閑散とした稲荷町のホームの最後尾に、妙な風体の男が立っていた。
なんだ、ありゃ?
派手な服装をしているくせに、挙動は気の毒に思えるほどオドオドしていた。すでにドアは開いているのに、乗るかどうか迷っている。ドアが閉まろうとする直前になって、その男は意を決したような表情で最後尾のドアから電車に飛び乗ってきた。
要注意。
と、沖崎は男を眺めながら思った。
その眼を、正面のカップルに返す。女がなにかを問いかけ、男はそれに首を振って答えていた。
不意に、男のほうが顔をこちらへ向け、沖崎と目をあわせた。しかし、すぐに眼をそらせる。
やはり、なにか持ってるな。
沖崎は、じっと男を見つめた。男の気持ちが、こちらを向いているのを感じる。
「ごめんね」
と突然言われて、沖崎は隣の脳天気娘に目を返した。
「あたし、刑事さんの仕事の邪魔してんのかなあ」
こいつを、どうにかしてほしい、と沖崎は思った。
「ああ。悪いが黙っててくれないかね」
「ごめんなさい。だけど、大丈夫だよ。電車だもん。飛び降りて逃げちゃうことないよ」
「え?」
思わず、脳天気娘を凝視した。
「犯人。走ってる地下鉄からなんて、逃げらんないじゃない。窓開けて飛び降りたら、怪我するだけだもん」
沖崎は、頭をかいた。
「ええと、君、名前は?」
「メイっていうの。平岡メイ」
「平岡さんか。どこまで行くの?」
「渋谷」
「…………」
たすけてくれ、と沖崎は叫びたくなった。
ずっと一緒なのか? 銀座まで、この脳天気と一緒なのか?
絶望に似た気持ちで、沖崎は、再び稲荷町から乗ってきた妙な風体の男に目をやった。
男は、車輛最後尾に立っていた。シートに座りもせず、やはりオドオドした表情で車内を見渡している。
なんだ、あの野郎は?
正面に座ったカップルと、男の関係を考えた。
仲間……?
しかし、そんなふうには見えなかった。
正面の男は、いかにも犯罪者の匂いを発散している。だが、あの男は、どちらかというと病的だ。犯罪者だとすれば、ヤツはむしろ異常犯罪だろう。いや、だからこそ、幼児を誘拐する可能性はあるのではないか――。
そう考え、沖崎は、まさか……と息を吸い込んだ。
犯人が、異常者だとすると、和則君は無事だろうか?
いや、考えるな。
と、沖崎は小さく首を振った。
そんなことを考えてはいかん。無事だ。無事にきまっている。
まあ、あの男は深沢にまかせよう。こちらは、正面のカップルだ。
そう思いながら斜め向こうの深沢英和に目をやって、沖崎は眉を寄せた。
「…………」
あいつ、なにやってるんだ?
深沢は、胸の前で腕を組み、脇の手すりに身体を預けるようにして顔を俯かせていた。
酔っぱらいの真似か?
そうとしか見えなかった。酔っぱらいが正体をなくして眠りこけている。
まあ、あれなら犯人に見られたとしても、絶対に刑事だとは気づかれまい。しかし、それにしても……。
ちょっと、やりすぎじゃないのか?
あれで、乗客たちの挙動が把握できているのだろうか?
まあ、いいか、と沖崎は息を吐き出した。ヤツには、ヤツのやり方がある。
「刑事さんは?」
訊かれて、沖崎は、ギョッとして平岡メイと名乗った娘に目を返した。
「なに?」
「刑事さんの名前」
「私の?」
沖崎は眼を見開いた。
「うん。だって、あたしも名前教えたんだもの」
唾を呑み込んだ。
車内アナウンスが次の停車駅を告げた。
「……沖崎」
言うと、メイは、ニッコリと笑ってみせた。
「沖崎さん、か」
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