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 24:07 赤坂見附駅
 湯川潤
(ゆかわ じゅん)


     そりゃあ、怒るよなあ……。

 と、湯川は真紀からみどりへ視線を移しながら思った。みどりは湯川の視線を受けて、それをどういう意味にとったのか、キュッと首をすくめながら笑顔を返してきた。
 真紀が自分を見つめているのが、痛いぐらいわかる。彼女はドアの脇に立ち、みどりの頭上から湯川を見下ろしている。

 真紀とのつきあいは1年近くになるけれど、このみどりとは2度デートしただけだ。しかも、最初の一回はこの連中と飲みに行った流れで、なんとなく最後に2人になっちゃったといういい加減なものだった。あのときは、真紀がいなかった。いれば当然、最後は真紀と……ってことになったはずだ。

 どうしてなんだろう?
 なんで、こんなことになったんだ?

「式場とか、決めたの?」
 畑美香が、みどりに訊いた。
 みどりは湯川に視線を寄越し、テヘッ、と美香に笑い返した。
「これから。ジュンとあちこち見て回ろうかって思ってるの」
 ね、というようにみどりがまた湯川を見た。湯川は、どう答えていいものかわからず、眼を瞬いた。

「えーっ、まだなの? 再来月でしょう? 混んでるんじゃないの? 予約とか、ちゃんと取れる?」
「……おそいのかなあ」
 みどりは、美香と湯川を見比べるようにして言った。

 気がつくと、電車が走りはじめている。
 式場……。
 と、湯川は口の中でつぶやいた。

「おそいよ。ねえ」と美香は真紀のほうへ同意を求めるような視線を送った。「普通、そういうのって、おそくても半年とか、そのぐらい前には準備するもんじゃないの?」
「電撃なのよ」と、真紀が言った。「急に決まったんでしょ。急に決めなきゃならない事態が発生したとか、そういうことよ、きっと」
 真紀の言葉にはトゲがあった。その言葉を、真紀は湯川に向けて言っている。それがわかる。

「あ……」
 と、美香がみどりを凝視した。みどりに、グイと顔を近づける。
「そうなの?」
 きゃあ、とみどりが甲高い声を出して笑った。笑いながら首を振る。
「ちがうわよ。やだなあ。ちゃんと気をつけてるもの。あ、やだ、なに言わせるのよぉ」
 笑いながら、みどりは肩を湯川の腕にぶつけてきた。
 が「ヒョーッ!」と奇声を上げ、あたりに笑いが立った。

 どうすればいいんだろう……。
 湯川は、顔をしかめながら頭を掻いた。
 こりゃ、まずいよなあ。どう考えても、まずいよなあ。

「お待たせいたしました」と、天井からアナウンスが響く。「営団地下鉄銀座線をご利用いただきましてありがとうございます。この電車、浅草行最終電車でございます。どなたさまも、お乗り違えのないよう、ご注意下さい」

 斜め向こうから、手賀が湯川に何か言った。聞き取れずに、湯川は彼のほうへ首をつきだした。
「え?」
「結婚するって、いつ決めたんだ?」
 怒鳴るように言いながら、手賀は湯川とみどりを見比べる。
「いや……」
 湯川は、首筋を撫でた。

 ほんとだよ。いつ、そんなこと決めたんだ?

「おととい」
 と、みどりが言った。
「おととい?」美香が眼を丸くする。「ウソぉ」
「おとといよ。プロポーズしてくれたんだもの。ね?」
 言いながら、みどりは湯川の腕に自分の腕を絡ませ、身体を押しつけてきた。

 おととい……。
 湯川は、腕に押しつけられたみどりの胸の膨らみを感じながら、目を膝に落とした。

 つまり、ホテルでってことだ。
 なんとなく、二度目のデートをすることになった。「あのホテルのてっぺんのレストランで食事したい」とみどりがせがみ、そこでうまく発音できないようなフランス料理を食べた。そして、気がつくと部屋を取るということになってしまって、そしてそのまま……。

 まずいよなあ……と、湯川は思った。
 やばいよなあ。


 
     真紀  みどり  畑美香     

     手賀 

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