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 24:07 赤坂見附駅
 鈴木みどり
(すずき みどり)


     その合図は、ちゃんとジュンもわかってくれたようだった。
 ジュンは、隣からみどりに優しい目を向けてきた。みんなの祝福に照れながら、でも精一杯の優しい眼でみどりを見つめてくる。
 みどりは、首をすくめて微笑みながら、ジュンを見つめ返した。

 うん、はやく2人だけになろうね、ジュン。
 今日も、いっぱい愛してね。

 ジュンの手は温かい。いや、むしろ熱いぐらいだった。
 握りあった掌から、ジュンの愛情が伝わってくる。熱くて、やけどしてしまいそうなジュンの気持ち。

 ううん、とみどりは心の中で思った。
 あたし、きっともうやけどしちゃってる。愛されるって、こういうことだったんだ。とっても熱くて、息苦しいことだったんだ。息苦しくて仕方ないのに、でも、ずっとこれが続いてほしいって思ってる。
 こんな気持ちになるなんて、自分でも思わなかった。
 こんな気持ちは、ほんとうに、生まれて初めてだ。だから、ジュンがその人だったってことだ。ずっと、ずっと、小さいときから、生まれたときから探し続けてきた人。

 考えているだけで、みどりはジュンに抱きつきたくなってしまった。力一杯抱きしめてほしくなった。ここが電車の中だということが、歯がゆくて仕方なかった。

「式場とか、決めたの?」
 美香が吊革につかまったままみどりを覗き込むようにして訊いた。
 みどりは、ちょっと照れてジュンのほうを見た。照れ笑いのまま美香を見返す。
「これから。ジュンとあちこち見て回ろうかって思ってるの」
 ジュンを見返すと、彼は瞬きだけでみどりに返事をしてきた。

「えーっ、まだなの?」と、驚いたように美香が言う。「再来月でしょう? 混んでるんじゃないの? 予約とか、ちゃんと取れる?」
「…………」
 言われて、みどりはちょっと不安になった。
 そうだ、結婚式場って、予約しなきゃいけないんだ。

「おそいのかなあ」
 言うと、美香は真紀に意見を求めるように言った。
「おそいよ、ねえ。普通、そういうのって、おそくても半年とか、そのぐらい前には準備するもんじゃないの?」
「電撃なのよ」と、真紀がちょっと嫌味っぽく言う。「急に決まったんでしょ。急に決めなきゃならない事態が発生したとか、そういうことよ、きっと」
「あ!」と、突然、美香が身体をかがめ、顔を寄せてきた。「そうなの?」
 みどりは声を上げて笑った。
「ちがうわよ。やだなあ。ちゃんと気をつけてるもの。あ、やだ、なに言わせるのよぉ」
 恥ずかしくなって、ジュンの肩を押した。ジュンは、困ったような顔でそっぽを向いていた。

 鏡くんが「ヒャア!」と叫び、みんなが笑う。
 恥ずかしかったけれど、みどりはとっても嬉しかった。
 恥ずかしがるようなことじゃないわ、とみどりは思い直す。
 だって、普通のことだもの。愛し合っていれば、セックスなんて当然でしょ。ううん、セックスって、その相手を知るためのものでもあるんだもの。本当に愛し合える相手かどうかは、会って話しただけでわかるもんじゃないもの。

 ジュンとあたしって、ほんとうに愛し合える者同士だったのよ。
 世界中に、ひとつしかないカップルだったのよ。

「え?」
 と、ジュンが身体を乗り出すように言って、みどりは彼と手賀くんを見比べた。

「結婚するって、いつ決めたんだ?」
 手賀くんがまじめな顔でジュンに訊いた。
「いや……」
 ジュンは、すっかり照れてしまって、首のあたりに手をやりながら困ったように俯いた。

 かわいいなあ……と思いながら、みどりはジュンの代りに答えた。
「おととい」
「おととい?」美香がびっくりしたように言った。「ウソぉ」
 みどりは、美香に微笑み返した。
 ジュンの腕をとり、ギュッとその腕を抱きしめた。ほんとはキスしたかった。

「おとといよ。プロポーズしてくれたんだもの。ね?」
 ジュンは俯いたまま、なにも答えなかった。
 うなずいてくれなかったのが、ちょっぴり不満だったけれど、でも、そのジュンの照れた仕草が、みどりには嬉しくて仕方なかった。

 はやく2人だけになりたいな。
 みどりは、またそう思った。
 握ったジュンの左手が、ほんの少し汗ばんでいる。その汗まで、みどりは嬉しかった。


 
    ジュン   美香   真紀  鏡くん 

    手賀くん

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