 | 24:07 赤坂見附駅 |
|
ふと、奈良岡さんから結婚を申し込まれる自分を想像した。 なんだか、とてもくすぐったくなって、美香は一人で顔を赤くした。 奈良岡さんは、どんなプロポーズをするんだろう？ 普通のプロポーズって、似合わないな。指輪を差し出して「結婚して下さい」なんて、どう考えても奈良岡さんはやりそうにない。 似合うとしたら……。 いきなり、車に乗せられて、郊外の家に連れ込まれて、そして告げられる。 「この家を買った。お前と俺の家だ」 「ちょっと待って、あたし、まだ、そんな……」 「だめだ。もう解約はできない。決めたんだ。断るな」 クスクス笑いたくなった。 そっと、腕を横に立っている奈良岡さんに押しつける。 電車が動き始めて、吊革を持った奈良岡さんの肘が美香の肩に載せられた。 ウキウキした気持ちで、美香はみどりちゃんに訊いてみた。 「式場とか、決めたの？」 みどりちゃんは、ちょっと照れながら美香に笑いかける。湯川さんは、みどりちゃんよりもっと照れていた。 「これから。ジュンとあちこち見て回ろうかって思ってるの」 「えーっ、まだなの？」と美香はびっくりして訊き返した。「再来月でしょう？ 混んでるんじゃないの？ 予約とか、ちゃんと取れる？」 みどりちゃんは、ちょっと首を傾げるようにして湯川さんと美香を見比べた。 「おそいのかなあ」 のんびりしてるなあ、と思いながら、美香は嘉野内さんのほうに言った。 「おそいよ、ねえ。普通、そういうのって、おそくても半年とか、そのぐらい前には準備するもんじゃないの？」 「電撃なのよ」と、嘉野内さんはちょっと意地悪な口調を作って言う。「急に決まったんでしょ。急に決めなきゃならない事態が発生したとか、そういうことよ、きっと」 あ、と美香は驚いてみどりちゃんに顔を近づけた。 「そうなの？」 きゃあ、とみどりちゃんは笑い声をあげた。必死に首を振っている。 「ちがうわよ。やだなあ。ちゃんと気をつけてるもの。あ、やだ、なに言わせるのよぉ」 そのみどりちゃんの言葉に、鏡さんがおどけたような声で叫んだ。 みんなで笑った。美香は、楽しくて仕方なかった。 そっと奈良岡さんを盗み見る。 奈良岡さんも、みどりちゃんを眺めながらニヤニヤ笑っていた。 だめよ、こら！ と、美香は奈良岡さんのほっぺたをつねってあげたくなった。 へんなこと想像してるでしょう。 そんな想像しちゃダメ。想像するなら、あたしにしなさい。 「お待たせいたしました。営団地下鉄銀座線をご利用いただきましてありがとうございます。この電車、浅草行最終電車でございます。どなたさまも、お乗り違えのないよう、ご注意下さい」 アナウンスの声が、なんだかアヒルがしゃべっているように聞こえた。 「いつ決めたんだよ」 と、突然横で手賀さんが言った。なんだか、文句を言っているような口調に聞こえて、美香は思わず手賀さんを見返した。 「結婚するって、いつ決めたんだ？」 手賀さんは、もう一度繰り返すように湯川さんに訊いた。 「いや……」 湯川さんは、相変わらず照れっぱなしで、ただ頭を掻いている。 「おととい」 と、湯川さんの代りにみどりちゃんが言った。 え？ と美香はみどりちゃんを見返した。 「おととい？ ウソぉ」 言うと、みどりちゃんは幸せそうに微笑みながら、もう一度言った。 「おとといよ。プロポーズしてくれたんだもの。ね？」 いいなあ、と美香はまた思った。 みどりちゃんの腕が、湯川さんの腕にからみついていた。 美香も、奈良岡さんに抱きつきたくなってしまった。 |
 | 奈良岡 さん |
 | みどり ちゃん |
 | 湯川さん |  | 嘉野内 さん |
 | 鏡さん |  | 手賀さん | |||