女による女のためのR-18文学賞

新潮社

第25回 受賞作品

王冠ロゴ 大賞受賞

「水を得にゆく魚」

水登(みと)マヤ

――この度はおめでとうございます。受賞の一報を聞いてどのように思われましたか。

 正直に言うと「獲っちゃった、どうしよう」という気持ちでした。私、すごく緊張しいなんです。選考会の日は在宅勤務の日だったんですけど、家にいても絶対に集中できるわけがないと思い、あえて出社していました。そしたら予想していたよりも早い時間にお電話を貰って焦りましたね。途中、お腹まで痛くなりながら、電話を受けていました。少し落ち着いて、母に報告したりしているうちに、大賞をいただいたことに対する責任がどんどんやってきたという感じです。でも未だに一週間に一回は「本当に受賞したの?」と自問自答する瞬間が来るくらい、現実味は全然ありません。

――ご家族の反応はいかがでしたか?

 普通こういう時って「おめでとう」って言われると思っていたんですけど、母の第一声は「やっぱりね。私は獲るって確信してたよ」でした。実はR-18文学賞に応募するのは三回目なんです。私が初めてR-18文学賞に応募したのは2022年なんですが、その際も一次選考を通過することができました。そのことが嬉しくてつい母に伝えてしまって、それから毎年、R-18文学賞のサイトをチェックして、私の名前を探していたそうです。今回はペンネームで応募したので、絶対バレないだろうと思っていたんですが、三次選考に残った作品ってWEBでペンネームと編集者の方によるコメントが公開されますよね。タイトルとペンネームを見てピンときたようで、すぐ連絡が来ました。母も本が好きな人なので、すごく喜んでくれましたね。

――お母様の影響で本を読むようになったんでしょうか?

 割と大きいと思います。小さい頃、漫画はお小遣いで買いなさいって言われてたんですけど、本だけは好きなものを月に一冊買って貰える制度が家にあったんです。青い鳥文庫から出ている『黒魔女さんが通る』シリーズが大好きでした。高校生の時、朝井リョウさんの『何者』を読んで衝撃を受けました。それから、新刊が出るたびに絶対買いに行っていました。中でも特に好きな作品は『スペードの3』(講談社)です。人間をこんなにいやらしい角度から見られる人がいるんだ! と衝撃を受けましたね。

――実際に小説を書き始めたのはいつ頃ですか?

 初めて書いたのは高校生ぐらいだったと思います。元々本が好きだったし、学校の作文などで文章を褒められることが多かったので、自分はいつか小説家になると思っていました。目立ちたがり屋なのもあって、クラスの紹介冊子に担任の先生とかクラスメイトの紹介文を気合入れて書いたりしていましたね。その延長線で小説も二編ぐらい書きました。当時は高校生だったので、特にどこかの賞に応募することもありませんでした。でも、大学生になったら全く書かなくなっちゃったんです。就職活動や卒業が目の前に近づいてきた時に「待って、私まだ小説家になってない」って焦りました。それが2021年頃です。そこからR-18文学賞に応募し始めました。

――R-18文学賞に応募いただいたきっかけはありますか?

 やみくもに賞に送るのは良くないだろうし、ひとつに絞ろうといろいろな賞を見ました。自分が書きたいものと、賞が求めているものが合致していないと、受賞するのは難しいと考えていたんです。R-18文学賞は、最初はてっきり官能系の作品しか応募してはいけないのかなと思っていましたが、最近の受賞作を読んだらそんなことはないと気が付きました。また、窪美澄さんの『ふがいない僕は空を見た』に収録されている「ミクマリ」を読んで、高校生が主人公でも受賞できるんだ、と。その当時、自分の高校時代の経験を元にした小説を書いていたので、背中を押される気持ちで応募しました。

――どんな作品を書かれていたんですか?

 高校生の頃、同じクラスにヤンキーがいたんです。学校もほとんど来ないし、いざ登校しても真面目に授業受けないし……いわゆるグレてる子ですね。
 でも卒業式の日、他の生徒たちをそっちのけで、先生方がその子に対して涙を流しながら労いの言葉をかけるんです。「よく卒業できたなあ、がんばったなあ」って。その光景を見て「なんでだよ!」と思ったのをいまでも鮮明に覚えていて。
 同じクラスの中に、心の中ではいろいろ抱えていても、死ぬ気で耐えて、なんとか取り繕って、グレずに真面目に学校に来て、がんばって卒業した子もいるはずじゃないですか。痛みや傷を表に出さないように耐えていた子たちは、ただその傷が見えないからといって痛みすらなかったことにされてしまうのは理不尽だと感じました。なんで 「がんばったなあ」って言ってもらえないの!? そんなこと許されんの!? と当時密かにブチギレてましたね。その「目に見えない傷に対する周囲の無理解」に対する怒りを小説にしました。

――受賞作『水を得にゆく魚』は、公務員の主人公が、日本に嫁いだ外国人女性の税金差し押さえの場面に対峙するところから始まります。なぜこのテーマで書こうと思われたんでしょうか。

 本作も同様に、自分の経験が元になっている部分があります。私は福島の出身で、小説に出てくるランさんやリカさんのように、海外から嫁ぎに来る家庭が多い地域に住んでいました。小さい頃は同級生のお母さんとしか見ていなかったんですけど、大人になって視野が広がったり、知識が増えたりするうちに、その背景も想像するようになりました。それを小説にしたいと思っていましたが、難しいテーマでなかなか筆が進まず、4年ほどかけてようやく書き上げることができました。これまでの応募作は、自分の中にある感情や、自分が世の中に対して疑問に感じていたことを、ストレートに伝えた作品が多かったんです。でも、それらの作品が最終候補に残らなかったので、もっと違うアプローチをした方がいいのかなと思いました。今回は答えを読者にゆだねるようなラストになったのですが、こうやって大賞をいただけたことで、もっと読み手を信用していいんだな、と気付くことができました。

――今後はどんな作品を執筆したいと考えていますか。

 これまで、自分の中にある「なんでだよ」という、怒りの感情をベースにして物語を書いてきました。その原動力はこれからも大切にしていきたいです。憧れ的な意味では、江國香織さんみたいに、文章に雰囲気があるものを書いてみたい気持ちはあるんですけど、書きたいと思って書けるものではないので……。まずはこの物語に続くような作品を世に出せたらと思っています。