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初対面で彼女は、ぼくの頬をなめた――。〈草食男子〉と〈色情狂〉の、危険で淫らな純愛。

水を抱く

石田衣良/著

767円(税込)

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発売日:2016/02/01

読み仮名 ミズヲダク
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-125059-5
C-CODE 0193
整理番号 い-81-7
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 767円
電子書籍 価格 853円
電子書籍 配信開始日 2016/07/22

初対面で彼女は、ぼくの頬をなめた。29歳の営業マン・伊藤俊也は、ネットで知り合った「ナギ」と会う。5歳年上のナギは、奔放で謎めいた女性だった。雑居ビルの非常階段で、秘密のクラブで、デパートのトイレで、過激な行為を共にするが、決して俊也と寝ようとはしない。だがある日、ナギと別れろと差出人不明の手紙が届き……。石田衣良史上もっとも危険でもっとも淫らな純愛小説。

著者プロフィール

石田衣良 イシダ・イラ

1960(昭和35)年、東京生れ。成蹊大学経済学部卒業、広告制作会社を経てフリーランスのコピーライターに。1997(平成9)年9月「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、続篇3篇を加えた『池袋ウエストゲートパーク』でデビュー。2003年7月『4TEEN』で直木賞受賞。2006年、『眠れぬ真珠』で島清恋愛文学賞受賞。2013年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞した。著書に『6TEEN―シックスティーン―』『夜の桃』『水を抱く』『チッチと子』『娼年』『逝年』『sex』『余命1年のスタリオン』『マタニティ・グレイ』などがある。

書評

セックス以上に確かなものなんて存在しない

花房観音

 私はこの女を知っている。
 ナギのような女を。
 セックスで求められることで生きる意味を見出しているくせに、自分を傷つけるようにたくさんの男とセックスし、それを曝け出してまた傷つき、全身の穴から血を流して助けて助けて私を救ってと叫びながら生きている女。
 そんなに生きるのがつらいのなら、幸せになりたくないのなら、死ねばいいのに、自分で自分を殺す勇気もなく、殺してくれる人を探しているかのように見知らぬ男たちとの出会いを求め流離っている女。
 私はこの女を知っている。インターネットの海の中で、人が溢れる都会の中で、学校や会社の片隅で、そして私自身の記憶の中で――。
 主人公の二十九歳の伊藤俊也は、いわゆる草食系男子だ。彼女がいればセックスをするが、積極的でもなく、人生においてセックスをそう重要なことだと捉えてもいない。そんな俊也がネットでナギという年上の女に出会う。ナギは働いている様子もなく、本名も、どんな女なのかも全くわからない。ただひとつ確かなのは、彼女がいろんな男と寝ていることだ。
「わたしみたいな最低の女に声をかけてくれて、寝たがってくれるんだよ。選べるはずないじゃない。わたしを欲しがってくれるなら、誰とだってよろこんで寝る」
 そんな女だ。
 俊也はナギにより、今まで思いもよらなかった倒錯的な体験を重ねていく。街中で性器を露出して上着で隠し歩いたり、女装して自慰をさせられたりなどと。セックスはしないが、その分、気持ちは昂ぶってナギとの関係に嵌っていく。
 ナギにより性の殻を壊された俊也は、彼女に恋をするのだが――。
 ナギと俊也の結びつきは、最初は性の刺激からはじまった。性からはじまる恋愛ほど純粋なものはない。そこにあるのはまさに本能、心と身体の芯から湧き上がる、相手を欲しいと思う気持ちだ。スペックから選んだり、条件で判断してからつきあいセックスをするような関係よりも、よっぽど「純愛」という言葉が相応しい。
 セックス以上にこの世に確かなものなんて存在しないと、たまに考える。愛や恋や友情なんて曖昧なものよりも、他人により身体にもたらされる快感のほうが、信じられる、と。
 だからこそ人は寂しいときにセックスに逃げ、セックスで人を傷つけ、セックスを利用もする。
 ナギはひどく痛々しい。あなたは最低じゃない、もっと自分を大切にしろと誰が言っても彼女の傷口を塞ぐ薬にはならず、無責任な優しい言葉はもっと彼女を傷つける。過去を忘れて前向きに生きろなんて薄っぺらい言葉は通用しない。読者に過ぎない私ですらそう思うのだから、彼女に恋した俊也の苦しみは壮絶なものだろう。
 私は小説家になる前、自分が性欲故に男に痛めつけられ、仕事もお金も人の信頼も失った最低の過去をブログに綴っていた。そのせいか、自分を傷つけるためにセックスする、ナギのような女たちからメールをもらったり、好意をもたれて仲良くしたいと近づかれることが何度かあった。けれど私は彼女たちが自分の傷を曝け出すほどに彼女たちと距離を置き、時には逆恨みされたこともあった。
 彼女たちの手におえない傷が怖かった。彼女たちを救う言葉を私は持たなかった。寄りかかられると自分自身の傷口が開いてしまう気がした。彼女たちはまさにナギのように、自分を愛して受け止めてくれる男がいてもそこから逃げて、自分を傷つける男の元へ走り痛めつけられることを繰り返していた。
 私に救いを求めてきたナギのような女たちが、今、どこで何をしているのか、生きているのかもわからない。死にたい、死にたいと唱えていた子たちばかりだったから。
 願わくば彼女たちが、何とか生き延びて、黙ってその手を握り、痛みに寄り添い、「ナギのいない不幸より、いる不幸のほうがいい」そう口にしてくれる男と出会ってくれればいいと考えながら、この本を閉じた。

(はなぶさ・かんのん 作家)
波 2016年2月号より

判型違い(書籍)

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