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ブラバン

津原泰水/著

737円(税込)

発売日:2009/10/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

この青春小説をあなたは生涯忘れない。卒業から二十五年、ブラスバンド再結成の結末は……。

一九八〇年、吹奏楽部に入った僕は、管楽器の群れの中でコントラバスを弾きはじめた。ともに曲をつくり上げる喜びを味わった。忘れられない男女がそこにいた。高校を卒業し、それぞれの道を歩んでゆくうち、いつしか四半世紀が経過していた――。ある日、再結成の話が持ち上がる。かつての仲間たちから、何人が集まってくれるのだろうか。ほろ苦く温かく奏でられる、永遠の青春組曲。

目次
I オネスティ
II ラプソディ・イン・ブルー
III 真夜中を突っ走れ
IV 木星
V 秋空に
VI パストラル
VII I.G.Y.
VIII スターダスト
IX ムーンライト・セレナーデ
X ペンシルバニア6-5000(シックス・ファイブ・サウザンド)
XI 蛍の光
XII 3ヴューズ・オブ・ア・シークレット
主要な曲目

書誌情報

読み仮名 ブラバン
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 432ページ
ISBN 978-4-10-129271-7
C-CODE 0193
整理番号 つ-24-1
ジャンル 文芸作品
定価 737円
電子書籍 価格 737円
電子書籍 配信開始日 2019/07/05

書評

見事なまでの音楽小説

鈴木博文

 二十五年前、ある地方都市でのこと、高校一年の音楽好きの語り手が吹奏楽部に入部する。楽器はそれまでマンドリンしか持ったことがないというのに、選択の余地なくコントラバスを与えられる。語り手つまり主人公は、その巨大な楽器に四苦八苦するのだが、彼が吹奏楽部でコントラバス担当というところがかなり重要であって見逃せない。
 金管楽器でも木管楽器でもないコントラバスは吹奏楽部でステージに並んだ時、とても地味でひょっとしたら音もあまり聴衆に届かないかもしれない。なのに彼はどんどんコントラバス的人間になってゆく。ある時は俯瞰し、またある時は情熱的に、吹奏楽部に存在する。この2オクターブ低い楽器は聴衆の為にあるのではなく、同じ吹奏楽部の金管や木管や打楽器の為に存在するのだ。
 その二十五年前の約一年と現在の行き来が凝固しない軸となり、語り手の思うままに読み手は過去へ行ったり現在に戻ったりと、物語はなかなか忙しい。けれどその都度、主人公と対する相手が違うので楽しいのだ。
 現在の彼はさえない洋酒屋のマスターである。物語はバスクラリネット担当であった華やかではあるが口は悪い皆元優香の不可思議な死から始まる。でも重く感じないようさらりと描かれる。そしてトランペット担当の決して方言を話さない一年先輩の桜井ひとみの頼みごとから、彼は二十五年前と現在を行き来するようになる。もう一度あの時の吹奏楽部を集めてわたしの披露宴で演奏してもらいたいという勝手な願いを実現しようと、彼はあやふやな過去と真実の現在を浮遊することになるのだ。
 彼の友人たちを見る目はとても優しく、暖かい。だからそこから発展するいろいろなエピソードは、肌触りが良いジーパンみたいだ。
 しかしこと個人的な音楽の趣味の話になると一本筋を通す。レッド・ツェッペリンは許せてもディープ・パープルはどうも苦手(同意)とか、ザ・バンドの解散コンサート「ラスト・ワルツ」が自分の音楽の原点であるとか。最も印象的だったのは、ジョン・レノンが銃撃されて死んでしまったことに関してだ。彼はこう言う。
「ジョン・レノンは絶対に安全なはずだったのだ」
 僕もそう思ってふにゃふにゃと生きていた一人だから、ジョンの死には相当衝撃を受けた。彼はこうも断言している。
「音楽なんて振動に過ぎない」と。
 空気の振動だからと言って、簡単に凶器の銃によって断たれてしまってよいのか。良いはずはない。空気に感情はなくても、それを浴びる人々には鋭く尖った感性があるのだ。表現者は全神経を集中させて音楽という空気の振動を作り出し聞く者は振動を鋭い感性によって表現者の音楽に組み直そうとする。聞く者の様々な感情が入り込み、思ってもみない音楽がかたちづくられる。そして音楽は心深く、優しい場所を陣取って動こうとしないのだ。
 この小説は見事なまでに音楽小説である。総勢三十四名の登場人物たち、深度は違えどそれぞれに様々な個性を発揮して、息つかせない。それは楽器の音色と対をなして、より明快でありながら印象的に読み手に刻まれてゆく。人には容姿や性格があるように、音がある。吹奏楽という枠組みの中で、三十四人がそれぞれ違う音を持って描かれているので簡潔なのだ。
 本書の冒頭には、登場人物の名前と担当楽器と、簡単な性格やこの物語での役割が書かれてある。読み手は混乱した時、いつでもそのページに戻り、ああこのバスクラリネット担当の美人か、または当時は人気者のテナー・サックス吹き、今は片腕を失い旅館で働く辻吉兵か、などと確認できる。
 結局その経緯から披露宴での演奏はなくなるが、寸断された過去から現在を「長い休み」としたことで彼ら凸凹楽団は演奏の機会を得ることになる。
 この物語に流れる優しさを感じることは、自分が優しいのだ、ということの証なのではないか、と、ふと思ってうれしい気持ちになる。

(すずき・ひろぶみ ミュージシャン)
波 2009年11月号より

著者プロフィール

津原泰水

ツハラ・ヤスミ

(1964-2022)広島市に生まれる。広島観音高等学校在学中は、吹奏楽部に在籍。青山学院大学を卒業後、少女小説作家として活動。1997(平成9)年、『妖都』を上梓し、以降、幅広いジャンルにわたる執筆を続ける。2006年に発表した『ブラバン』はベストセラーに。2012年『11 eleven』で第2回Twitter文学賞国内部門第1位に選出される。他、『蘆屋家の崩壊』『ピカルディの薔薇』『猫ノ眼時計』からなる〈幽明志怪〉三部作、〈ルピナス探偵団〉〈たまさか人形堂〉シリーズ、『綺譚集』『赤い竪琴』『バレエ・メカニック』『琉璃玉の耳輪』『ヒッキーヒッキーシェイク』『歌うエスカルゴ』など著書多数。

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