ホーム > 書籍詳細:最後のひと葉―O・ヘンリー傑作選II―

ユーモアと温かみと少しの毒。ニューヨークの悲喜劇を描き続けた作家の名作短篇を新訳。

最後のひと葉―O・ヘンリー傑作選II―

O・ヘンリー/著、小川高義/訳

529円(税込)

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発売日:2015/11/01

読み仮名 サイゴノヒトハオーヘンリーケッサクセン02
シリーズ名 Star Classics 名作新訳コレクション
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-207205-9
C-CODE 0197
整理番号 オ-2-5
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 529円
電子書籍 価格 594円
電子書籍 配信開始日 2016/04/29

「あれが最後ね。てっきり夜中に落ちるんだろうと思った。風の音がしてたから。きょうには落ちるでしょうね。そのときに、あたしも死ぬわ」老画家が命がけで彼女に贈った希望とは。表題作のほか、「感謝祭の二人の紳士」「芝居は人生だ」「金のかかる恋人」など、O・ヘンリーの名作短篇14篇を新訳。ニューヨーカーたちの魂をふるわせ、優しく暖め、温かく笑わせた選り抜きの物語たち。

著者プロフィール

O・ヘンリー Henry,O.

(1862-1910)アメリカ生れ。乱脈経営だった銀行の出納係を退職後、横領罪で告訴され真相不明のまま服役。獄中で小説を書き始める。出獄後は短編の名手としてニューヨークで活躍。「最後のひと葉」「賢者の贈りもの」「いそがしいブローカーのロマンス」「二十年後」など、十年間で約二百八十の短編を著した。

小川高義 オガワ・タカヨシ

1956年横浜生れ。東大大学院修士課程修了。翻訳家。『緋文字』(ホーソーン)、『老人と海』(ヘミングウェイ)、『停電の夜に』『見知らぬ場所』『低地』(ラヒリ)、『また会う日まで』(アーヴィング)、『イースタリーのエレジー』(ガッパ)、『五月の雪』(メルニク)など訳書多数。著書に『翻訳の秘密』がある。

書評

名作は何で出来ている?

倉本さおり

 名作と呼ばれるものはたいてい、すぐれた骨格を持っている。幼い私たちはその立派な、すこしカビ臭い骨の標本こそが物語の姿なのだと思い込み、各々のガラスケースにとりあえずしまっておく。やがて背丈が伸びるにつれ目に映るものが変わり、苦かったりしょっぱかったりする出来事の数々が胸の内側をひたひたに満たす。そうやってケースなど丸ごと押し流してしまう頃になって、ふいに驚嘆することになるのだ。その物語が、いつのまにか肉を伴って生きていたことに。
 〈「最後の一枚が落ちたら、あたしも終わりね」〉。
 病床の窓から見える蔦の葉を数えながら死を待つ娘を勇気づけるため、老画家が仕掛けた一世一代の大勝負。O・ヘンリーの名前を知らない人でも、「最後のひと葉」の話ならなんとなく知っているはず。けれど、ほれぼれするほど肌理のこまかい訳文の力を借りつつ、改めて「小説」として読み直してみれば、これまで取りこぼしてきた細部に思いがけないほどの示唆が詰まっていたことに気づかされる。たとえば会話。生きる気力を失っているジョンジーをどうにか前向きにさせるべく、医者が彼女のパートナーであるスーに「気になる男でもいないのか」と尋ねる場面がある。スーはすっとんきょうな声を出したあとに狼狽し、こんなふうに答えるのだ。〈「男?」「男なんてものは――あ、いえ、先生、そういうことはありません」〉。以前ひどい目に遭わされたことでもあるのか、あるいは最初から「男」を拒絶した生き方をしているのか。いずれにせよ、彼女の鋭敏な反応からは何通りもの意味や関係性を読み取ることができる。すると、偏屈なくせに彼女たちにだけは何かと目をかけてやろうとする隣人・ベアマンの心情も、社会的な問題を抱き込んだ複雑な厚みを備えて浮かび上がってくる。加えて色彩。レンガに張りついた蔦の葉に象徴されるように、おしなべて晩秋の深い色合いに染まった世界のなか、じつは二つの「青」がはっとするほどの鮮やかさで対比されていることに気づく。その明瞭なコントラストによってあぶり出されるのは「理想と現実」のあり方だけでない。
 実際、この短篇集のなかには対照的な価値観を持った人間がたくさん登場する。「金銭の神、恋の天使」では、すがすがしいほどの成金おやじ(!)と、愛こそすべてだと信じる妹が、恋に悩める若者のため各々のやり方で手を差し伸べる。「感謝祭の二人の紳士」では与える者と与えられる者、双方の強烈な使命感がもたらすトホホな顛末があたたかい筆致で描き出され、「金のかかる恋人」では世間知らずなお坊ちゃまとしたたかで現代的なヒロインの生活感覚の食い違いがユーモラスな結末を連れてくる。だが最も大切なポイントは、どの価値観もけっして否定されないということ。役割を担った登場人物たちを待ち受けるのは、単純な悲劇でもハッピーエンドでもない。彼らが生きている場所は、一元的な教訓話の埒外にある。そこには「フィクションと人生」のあるべき関係に対する、O・ヘンリーの力強いメッセージが込められているのだろう。
 さて、男女三人の古典的なドタバタ恋愛劇を見事な塩梅で描写してみせた「芝居は人生だ」の中に、こんな発言が出てくる。〈舞台はみんな世界で、役者だって人間なんだ。人生があって芝居になる。シェークスピアとは逆のことを言わせてもらうぜ〉。これは語り手自身が言及しているとおり、「お気に召すまま」に登場する一節――世界はみんな舞台で、すべての男女はその役者にすぎない、という内容の主旨をあえてひっくり返した主張になっている。ちなみに原題は“The Thing’s The Play”。これまたハムレット王子の有名な台詞、“The play’s the thing” の語順をきれいにひっくり返した形だ。
 人生があって、芝居になる。すなわち、現実があるからこそフィクションに味わいが生まれる――その考え方は、「ある都市のレポート」に登場する魅力的な文筆家の言葉ともそっくり重なっている。退屈な風景が延々と続く平凡な町に住む彼女は、その退屈さと平凡さゆえに身を持ち崩した夫に手足をもがれ、代わりに想像の翼を広げているのだ。
 ここに収められた作品が読み返すたびに新しい姿で語りかけてくるのは、そのつど現実を生きてきた私たちの胸の内側に新しい溶媒が満たされているからなのだろう。ただただしょっぱい思い出も、舌がひん曲がるくらい苦い経験も、この名作と向き合っている間は千両役者の声音で私たちを読書の愉楽へと誘ってくれる。

(くらもと・さおり ライター)
波 2015年11月号より

目次

最後のひと葉
騎士の道
金銭の神、恋の天使
ブラックジャックの契約人
芝居は人生だ
心と手
高らかな響き
ピミエンタのパンケーキ
探偵探知機
ユーモリストの告白
感謝祭の二人の紳士
ある都市のレポート
金のかかる恋人
更生の再生
訳者あとがき

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