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セレブたちが激怒! カポーティを破滅に追い込んだ遺作。

叶えられた祈り

トルーマン・カポーティ/著 、川本三郎/訳

637円(税込)

本の仕様

発売日:2006/08/01

読み仮名 カナエラレタイノリ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-209507-2
C-CODE 0197
整理番号 カ-3-7
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 637円

ハイソサエティの退廃的な生活。それをニヒルに眺めながらも、そんな世界にあこがれている作家志望の男娼。この青年こそ著者自身の分身である。また実在人物の内輪話も数多く描かれていたので、社交界の人々を激怒させた。自ら最高傑作と称しながらも、ついに未完に終わったため、残りの原稿がどこかに存在するのでは、という噂も。著者を苦しませ破滅へと追い込んだ問題の遺作!

著者プロフィール

トルーマン・カポーティ Capote,Truman

(1924-1984)ルイジアナ州ニューオーリンズ生れ。21歳の時「ミリアム」でO・ヘンリ賞を受賞(同賞は計3回受賞)。1948年『遠い声 遠い部屋』を刊行、早熟の天才―恐るべき子供、と注目を浴びた。著書に短編集『夜の樹』、中編『草の竪琴』『ティファニーで朝食を』、ノンフィクション・ノヴェル『冷血』など。晩年はアルコールと薬物中毒に苦しみ、ハリウッドの友人宅で急死した。

川本三郎 カワモト・サブロウ

1944年東京生まれ。文学、映画、漫画、東京、旅などを中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望遠』(伊藤整文学賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『成瀬巳喜男 映画の面影』『老いの荷風』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』などがある。

書評

波 2006年8月号より 悲劇の始まりは『冷血』の成功だった 『冷血』『叶えられた祈り』 『トルーマン・カポーティ』 刊行に寄せて

川本三郎

 さまざまなカポーティがいる。
「ミリアム」や「感謝祭のお客」を書いた繊細なカポーティ。早熟で「怖るべき子供」と評された天才カポーティ。現実に起きた殺人事件を克明に描いたノンフィクション・ノヴェル『冷血』で大成功を収めたカポーティ。ニューヨークの上流社会に出入りし、派手な生活を楽しんだカポーティ。
 カポーティは光を乱反射させていて正体がつかみにくい。
 ジョージ・プリンプトンの『トルーマン・カポーティ』(野中邦子訳)は、カポーティを知る友人、編集者、作家たち約百七十人が、このとらえどころのない、別世界からやって来たような作家を語るオーラル・バイオグラフィ(聞き書きによる伝記)。
 多様な顔を持ったカポーティがコラージュの形で再生されてゆく。孤独な少年時代を語る者がいる。野心的な青年時代を語る者がいる。スキャンダラスな晩年を悲しむ者もいる。
 脚本に関わった映画「悪魔をやっつけろ」の撮影中、小さなカポーティがハンフリー・ボガートと腕相撲とレスリングをし、両方で勝ってしまったというジョン・ヒューストン監督の愉快な思い出もある。アクの強さのため嫌う人も多かったが、ヒューストンが「私はたちまち彼に惚れこんだ――五分もしないうちに彼の虜になった」と語っているのも興味深い。ボガートも妻のローレン・バコールに「やつ」のことが少しわかると「今度はポケットに入れて家につれて帰りたくなる」と語ったという。
 多様な顔を持つカポーティだが、ジョージ・プリンプトンの本では、ふたつの重要な体験を浮き上がらせている。ひとつは、育児に熱心ではない母親から疎外された少年時代の孤独。もうひとつは大作『冷血』執筆時の大きな試練。
 一九五九年の十一月にカンザス州のスモールタウンで起きた一家四人惨殺事件に興味を覚えたカポーティは取材を開始する。そして警察の捜査、犯人逮捕、裁判、最後の処刑、と事件の全過程を同時進行で体験し、『冷血』を書き上げた。
『冷血』(佐々田雅子訳)は徹底的に細部にこだわっている。殺された十六歳の少女が猫を可愛がっていたこと、その猫が事件のあと少女の親友に引き取られたことまで書かれている。ジャーナリストの一過性の取材とまったく違う。事件そのものを核に、事件が起きた町のこと、二人の犯人の生いたち、処刑にいたる彼らの不安と恐怖を細部にわたって書きこんでいる。
 しかも書き手の「私」は黒衣に徹し、表面には出て来ない。神の目で事件を見るのとも違う。地を這うようなカメラの視点で事件を追ってゆく。これまでになかった「ノンフィクション・ノヴェル」と自負したのも分る。
 売れ行きも批評も圧倒的によかった。大成功といってよかった。約五年間、この作品にかかりきりになった労が報われた。
 しかし、その成功がかえってカポーティにとって重荷になってしまう。ジョージ・プリンプトンの本のなかで作家ジョン・ノウルズはいっている。「あの(『冷血』の)あと、彼は情熱を失ってしまったんだと思う。それまでの彼はとても努力家だった。私の会った中でも最も勤勉な作家だった。しかし、あれ以後、張りつめていた緊張が切れてしまった。突き動かすものが消えてしまった。こうして、崩れていったんだ」
 酒とドラッグの量が増える。奇矯な行動をするようになる。作家たちと喧嘩をする。作家というよりゴシップだらけの有名人になってゆく。そんななか、なんとか完成させたいと悪戦苦闘していたのが未完に終った『叶えられた祈り』(拙訳)。
 作家志望のゲイを狂言まわしにし、アメリカの上流階級の内幕を地獄めぐりのように描いたダーティな作品で、カポーティ自身はプルースト?????????????の『失われた時を求めて』のようにしたいと願っていたが、語り手があまりに偽悪的なために、プルーストからは遠く離れてしまった。それでも、人を笑わすことが出来なくなったピエロのような悲しみがあふれ、随所に胸を打つ感動がある。傷だらけ、泥だらけの栄光といえばいいだろうか。
 この秋にベネット・ミラー監督の映画「カポーティ」が公開される。『冷血』を書くのにどれだけの苦しみがあったか。その一点に絞っていて素晴らしい作品になっている。
 犯人のひとりペリー・スミスへの共感、奇妙な友情。それだけに、自分は彼を利用しただけではないのかという罪悪感にとらわれる。作家の苦しみの物語になっていて、『冷血』のあとついに小説を書けなくなったのは、この苦しみのためだったかとわかる。アカデミー賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマンの演技は鬼気迫るものがある。



(かわもと・さぶろう 文芸評論家・翻訳家)

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