スナノウエノアナタ
砂の上のあなた


白石一文

ひとかけらでいい。僕が死んだら、愛する女性の骨と一緒に眠らせてほしい。

最愛の父に愛人がいた――見知らぬ男からもたらされたのは、娘が最も知りたくなかった事実。しかし亡き父の妄執は、35歳の主婦・美砂子の結婚生活にまで影を落としていく。愛に理由はあるか。人生に意味はあるか。運命は遺伝するのか。命から命へ脈々と根を張る「縁」に搦め捕られる男と女を描いた圧倒的長編小説。

発行形態 : 書籍
判型 : 四六判変型
頁数 : 318ページ
ISBN : 978-4-10-305652-2
C-CODE : 0093
ジャンル : 小説
現代の小説(純文学)
発売日 : 2010/09/30

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書評
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刊行記念インタビュー

白石一文
シライシ・カズフミ

1958(昭和33)年福岡県生れ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、2000(平成12)年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞を、翌2010年には『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。他に『不自由な心』『すぐそばの彼方』『僕のなかの壊れていない部分』『私という運命について』『どれくらいの愛情』『この世の全部を敵に回して』『砂の上のあなた』など著書多数。





波 2010年10月号より

【白石一文『砂の上のあなた』刊行記念インタビュー】
心を豊かにするただ一つの方法
白石一文



●「直感」は成長する


――『砂の上のあなた』ほど、一言で説明しにくい小説もありませんね。
白石 そうですね。意図的に訳が分からないように書きました(笑)。作家になって十年以上が経ちましたが、僕はデビュー当初から小説を通して伝えたいことは同じなんです。人間の一生なんかものすごく短くて、ただフツーに生きているだけでは、この世界のただならない真実はとても知り得ない。だが、我々は意識的に思考の枠組みを拡げつづけなくてはいけないということを、手をかえ品をかえて書いてきたつもりです。ですから、この小説自体も、一度読んだだけでは分からない部分が残るように、とにかくごちゃごちゃした感じを出したいと思って構成しました。読んだ後、何が書いてあったかはよく分からないけど、すごく強いイメージだけが残るような、そんな小説にしたかったんです。
――この物語を書こうと思われたきっかけからして、強烈です。
白石 小説の前半に、主人公の三十五歳の主婦である美砂子が、父親の骨の欠片を、彼の愛人の骨壺に入れてあげる場面がある。生前に父親が愛人に宛てた手紙に、そうしたいと書いてあることを実行したのですが、その時、二人の骨を一緒にしたとたん、なぜだか骨壺が暖かくなるんです。「愛し合う二人の骨を一緒にしたら、骨壺が暖かくなった」なんてことがあったら、人はどんなふうにその出来事を受け止めるんだろうか、と考えたことから、物語全体が出来ていきました。
――非常に印象的なシーンでした。「そんなことあるわけない」と頭では思いながらも、心のどこかで「いいや、そういうことはある」と感じました。
白石 何度も言いますが、この世の中には訳が分からないことが溢れています。ですから、「こういうこともきっとある」と感じたなら、その直感は信じるべきです。人は年をとるほど、経験やキャリアを積むことによって成長した自分だけを信じたがりますが、生きているだけで「直感」も成長するのです。ですから理論的には説明のつかないことでも、強く感じたなら自分の直感や本能を信じた方がいい局面は必ずあると思います。それまでの考えや行動と全く辻褄が合っていなくても、直感を信じて取った行動が、自分を助けることもままありますから。


●固体の振りをしたがる現代人


――『砂の上のあなた』は「え?」「なんで?」という連続で、「こうなるんじゃないか」という予想はことごとく裏切られますね。
白石 僕の小説には、ものすごく悪い人や、根っからいい人というのは出てきません。全員がある意味、非常に自分勝手で、自分本位に行動します。そうすると、倫理とか、道徳とか、論理とか、そういうものからどんどん離れていくんです。世の中の全ての事柄は「感情」によって支配されているのに、人は誰しも、なかなかそれを認めようとしません。気持ちに正直に動くことは良くないことだと思っている。言い換えれば、人は皆、液体のように容易に考えや気持ちを変化させながら生きているのに、強い力が加わっても形を変えない固体の振りをしたがっているように思えます。生身の人間をありのまま描いたせいで、物語が予想と違う方へ進むように感じられるのかもしれません。
――これまでの作品でも、論理と感情のぶつかり合いが描かれてきたように思いますが、本作では、その溝は深いけれども、過去の作品より狭まっている印象を受けました。
白石 そんなふうに言ってもらえるとすごく光栄です。『砂の上のあなた』では、ある登場人物によって「命をつなぐことの不利益」が語られます。それは、僕自身が三十代後半に考えていたことです。理論的に考えることは重要ですが、いま五十二歳になって、言葉や形にならない非常に不確かなものが、自分たちに多大な影響を与えていることに気づかずにはいられなくなってきている気がする。現代の日本は、物質的に豊かになって、感情のままに生きていけるようになっています。だから自分にとって邪魔だと感じれば、子供をネグレクトしたり、親でさえ殺すようになってしまった。「感情」が人の運命をも支配するのならば、人は「感情自体をコントロールする」ことを学ばねばならない。この「感情」の背景には何が潜んでいるのか、それを知ることでしか、心を豊かにする方法はないのではないかと思います。この作品から、その一端を読み取ってもらえたら嬉しく思います。
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