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モナドの領域

筒井康隆/著

1,540円(税込)

発売日:2015/12/03

  • 書籍

著者自ら「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と宣言する究極の小説、ついに刊行!

河川敷で発見された片腕はバラバラ事件の発端と思われた。美貌の警部、不穏なベーカリー、老教授の奇矯な振舞い、錯綜する捜査……。だが、事件はあらゆる予見を越え、やがてGODが人類と世界の秘密を語り始める――。巨匠が小説的技倆と哲学的思索の全てを注ぎ込んだ超弩級小説。

  • 受賞
    第58回 毎日芸術賞 文学1部門(小説・評論)
目次
ベーカリー
公園
大法廷
神の数学

書誌情報

読み仮名 モナドノリョウイキ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-314532-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,540円

書評

GODが宇宙の究極の謎を解く

大森望

『モナドの領域』は、八十一歳の巨匠、筒井康隆の最新長篇。文芸誌〈新潮〉2015年10月号に一挙掲載、たちまち雑誌が売り切れて、急遽増刷されたことでも話題を集めた。帯には「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」という、著者自身の言葉が引かれている。
 もっとも、前作『聖痕』のときも、朝日新聞連載前のインタビューでは「最後の長編、ということになるでしょうね」と語っていたので、“最後”は信用できない。“最高”のほうも、なにしろ半世紀を超えるキャリアで綺羅星のごとき名作・怪作群を生み出してきた筒井康隆だけに、そのハードルはとてつもなく高い。筒井ファンほど眉に唾をつけて読みそうだが、そもそも『モナドの領域』とは、いったいどんな小説なのか。
 冒頭は、五十歳になる美男子、捜査一課の上代真一警部が事件現場に臨場する場面。河川敷の草むらで、肩口から切断された、若い女性のものと思われる右腕が発見されたのである。つづいて片足も見つかり、小説はバラバラ事件をめぐる警察ミステリのように幕を開ける。
 意表をつくのはこの先の展開。禍まがしい現場から、舞台は一転、近所の商店街にあるパン屋、アート・ベーカリーに飛ぶ。この店の看板商品は、近くの美大の学生をバイトに雇って動物形に成形させたバゲット風のパン。その助っ人にやってきた美大生の栗本健人は、手慰みのようにして、実物大の女性の右腕そっくりのパンをつくる。ケースに入れてあったそのパンは、美大で西洋美術史を教える(唯野教授ならぬ)結野教授の目にとまり、新聞のコラムで紹介されたことで大評判に。それならばと店主が栗本に量産させたところ、これが大当たり……という導入は抜群のリーダビリティ。作中でも引き合いに出される川端康成片腕」の官能性と、バゲットの食感が興味をかきたてる。
 といっても、栗本がバラバラ事件の鍵を握っているわけではなく、その栗本を使って片腕のパンを焼かせたらしき超越的な存在が、今度は結野教授を動かし、GODと名乗ってその全知全能ぶりを広く世に知らしめることになる。
 舞台はパン屋から公園へ、公園から法廷へ、TV生中継のスタジオへと移り、(作者が登場人物の口を借りるように)GODが結野教授の口を借りて縦横無尽に語りはじめる。『聖痕』では、登場人物のひとりが人類の未来について“突拍子もない長広舌”をふるう場面があったが、本書ではその長広舌がはるかにパワーアップ。GODはとめどなくしゃべりつづけ、人間たちをことごとく論破し、あるいは相談に乗って問題を解決してゆく。
 ちなみに、文学賞の贈賞式なんかでご高齢の方が壇上に立つと、いつまでもスピーチが終わらない傾向があり、なるほど年齢を重ねることはいくらでもしゃべっていい特権を得ることなんだなあと思うわけですが、究極の演説特権保持者として神をキャスティングするところが筒井康隆らしい。アリストテレス君やプラトン君、イエス君からリオタール君まで融通無碍に引用しつつGODは演説をつづけ、生命、宇宙、万物についての究極の疑問にも明快な解答を与える(だからこそ“最高傑作”にして“最後の長篇”なのかもしれない)。
 とはいえ、GODが人知を超えた神の言葉を発するかというと、そうではない。GODはあくまでも人間に理解できるようにしゃべり、理解できないことは相手の精神(悟性)に直接働きかけて理解させるという万能仕様。小説にとって作者は神であり、作中にどんな奇跡でも起こせるが、しかし商品として成立させるには、読者が理解できるように語る必要がある。その意味で、作者もGODと同じ限界に縛られている。
 題名のモナド(単子)とは、ドイツの哲学者ライプニッツが考えた、世界の構成要素のこと。すべてのモナドは神のプログラムどおりに動く(予定調和)。そのため、“モナドの領域”という言葉は、作中では“神の守備範囲”みたいな意味で使われている。そこに生じた綻びを繕うためにこの小説の出来事すべてがあり、それもまたモナドにプログラムされていた――という究極の予定調和が物語を美しく締めくくる。このメタフィクション/パラフィクション的な(作中に作者や読者が登場するような)結末が、ミステリ的/SF的な解決ときれいに重なるところに、筒井康隆の天才がある。神を描いたくらいで“最後の長篇”と言われては困ります。

(おおもり・のぞみ 評論家)
波 2016年1月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

筒井康隆

ツツイ・ヤスタカ

1934(昭和9)年、大阪市生れ。同志社大学卒。1960年、弟3人とSF同人誌〈NULL〉を創刊。この雑誌が江戸川乱歩に認められ「お助け」が〈宝石〉に転載される。1965年、処女作品集『東海道戦争』を刊行。1981年、『虚人たち』で泉鏡花文学賞、1987年、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、1989(平成元)年、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、1992年、『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。1996年12月、3年3カ月に及んだ断筆を解除。1997年、パゾリーニ賞受賞。2000年、『わたしのグランパ』で読売文学賞を受賞。2002年、紫綬褒章受章。2010年、菊池寛賞受賞。2017年、『モナドの領域』で毎日芸術賞を受賞。他に『家族八景』『敵』『ダンシング・ヴァニティ』『アホの壁』『現代語裏辞典』『聖痕』『世界はゴ冗談』『ジャックポット』等著書多数。

筒井康隆ホームページ (外部リンク)

判型違い(文庫)

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