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花森安治伝―日本の暮しをかえた男―

津野海太郎/著

2,090円(税込)

発売日:2013/11/22

  • 書籍

戦後最大の国民雑誌『暮しの手帖』はなぜ、創刊されたのか!?

「これからは絶対だまされない。だまされない人たちをふやしていく」――敗戦から三年後の一九四八年創刊。新しいライフスタイルの提案、徹底した商品テスト、圧倒的にモダンなデザインで、百万部にとどく国民雑誌となった『暮しの手帖』。花森安治が生涯語らなかった、創刊の真の理由とは? 希代の編集者の決定版評伝。

目次
序 『暮しの手帖』が生まれた街
第一部
第一章 編集者になるんや
第二章 神戸と松江
第三章 帝国大学新聞の時代
第二部
第四章 化粧品で世界を変える
第五章 北満出征
第六章 ぜいたくは敵だ!
第七章 「聖戦」最後の日々
第三部
第八章 どん底からの再出発
第九章 女装伝説
第十章 逆コースにさからって
第四部
第十一章 商品テストと研究室
第十二章 攻めの編集術
第十三章 日本人の暮らしへの眼
第十四章 弁慶立ち往生
あとがき
引用文献
花森安治略年譜・書誌
初出・図版提供

書誌情報

読み仮名 ハナモリヤスジデンニホンノクラシヲカエタオトコ
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-318532-1
C-CODE 0095
ジャンル 本・図書館、人文・思想・宗教、マスメディア、ノンフィクション
定価 2,090円

書評

波 2013年12月号より 原発には「商品テスト」ができるのか?

黒川創

戦後まもなく生活雑誌「暮しの手帖」(当初は「美しい暮しの手帖」)を創刊し、独特のグラフィックな手腕を縦横にふるいつつ、メーカーからのいかなる圧力にも屈さず公正かつ大がかりな「商品テスト」をつらぬいて、発行百万部の巨大誌に育てた異能の編集者、花森安治(一九一一~一九七八)の伝記である。百年余り前に生まれた人物だが、彼の生きた時代が、現代にも重なって見えてきて、そのたび私は目まいにも似た深く不思議な感動を味わった。
そこに至る前史をたどると、花森は神戸に生まれ、旧制松江高校を経て、一九三三年(昭和八)、東京帝大文学部の美学美術史学科に入学する。一見、エリートコースのようだが、
「大正末にはじまる『大学は出たけれど』のおそるべき就職難は、このころもまだつづいていた。たとえ東京帝大であろうと、文学部、ましてや美学美術史学科ともなれば、いくら学業にはげんだところで、大学や高等学校はおろか、いなかの中学の先生にもなれない。」
つまり、今と同様の就職氷河期。おまけに、当時はさらに状況が一歩進んでいて、大学卒業後には徴兵検査がある。花森は、甲種合格、北満洲に兵隊として送られる。現地で発病。一年余りで内地に送り返され(三九年)、命拾いをするのだが、戦地にとどまる戦友たちへの「うしろめたさ」が彼に残る。
学生時代から、彼は、画家でデザイナーの佐野繁次郎の部下として、化粧品会社・伊東胡蝶園(のちのパピリオ)で広告制作者として働いてもいた。戦時下の日本内地に戻ると、こうした仕事の延長で、国民精神総動員の国策標語、「ぜいたくは敵だ!」まで生み落とす。当時としては、これとて、ドイツのナチズム、イタリアのファシズム、ソ連のスターリニズム……といった「挙国一致」型の国家改造、その「チェンジ!」の大合唱の先端を行くコピーだったと言えなくもないだろう。
だが、日本は、この戦争に負ける。
その直後、大橋鎭子という若い女性(のち、暮しの手帖社社長)から出版社起業を相談されて、「今度の戦争に、女の人は責任がない。(略)ぼくには責任がある。(略)だから、君の仕事にぼくは協力しよう」と、『暮しの手帖』への助走が始まる。「ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした。言訳をさせてもらうなら、当時は何も知らなかった、だまされた。(略)これからは絶対だまされない、だまされない人たちをふやしていく」と。
こうした花森の軌跡をたどる津野の筆致は、鋭利で、広い視野をもち、しかも、こまやかだ。
「暮しの手帖」による「商品テスト」は、燃焼中のストーブをわざと倒してみる、というところまで徹底していく。とはいえ、これは、より良い製品を作ろうというメーカー側の真摯さに、信を置くことができたからでもあったろう。
だが、そこから現出する高度経済成長の社会は、こうした企業精神のモラルまで根腐れにするかたちで進んでいく。それが、水俣病のような「公害」を蔓延させる。つまり、企業と国家が一丸となって、商品の致命的な欠陥(生命への危険)を隠蔽し、経済競争だけをすべてに優先させるという、これもまた一つの新奇な文明である。
理想を追求したはずの自分たちの「商品テスト」は、こうした社会も招き寄せてしまったのではないか? この自問が、晩年の花森をとらえていたと、津野は見ている。べつの言い方をするなら、これは、“原発には「商品テスト」ができるのか?”という問いでもある。
答えは、ノー。国家指導者にも、メーカーにも、そんなつもりは毛頭ないという前提が、この不完全で世界大の“巨額商品”を支えている。それが私たちの時代なのだということを、傑作の伝記『花森安治伝』は視野にとらえる。

(くろかわ・そう 作家)

著者プロフィール

津野海太郎

ツノ・カイタロウ

1938(昭和13)年福岡生れ。早稲田大学文学部卒業後、演劇・出版に携わる。晶文社取締役、『季刊・本とコンピュータ』総合編集長、和光大学教授・図書館長を歴任。2003(平成15)年『滑稽な巨人――坪内逍遙の夢』で新田次郎文学賞、2009年『ジェローム・ロビンスが死んだ』で芸術選奨文部科学大臣賞、2020年『最後の読書』で読売文学賞を受賞。ほかの著書に『したくないことはしない――植草甚一の青春』『花森安治伝――日本の暮しをかえた男』『百歳までの読書術』などがある。

判型違い(文庫)

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