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正宗白鳥から小林秀雄に到る、己を賭けて独り立つ批評家の血脈とその宿命。

批評の魂

前田英樹/著

2,592円(税込)

本の仕様

発売日:2018/02/27

読み仮名 ヒヒョウノタマシイ
装幀 秋山泉「静物XXVII」2012 鉛筆、紙 53cm×33.3cm/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 326ページ
ISBN 978-4-10-351551-7
C-CODE 0095
定価 2,592円

それは、漢字文明に激突した『万葉集』編纂者たちに始まる。爾来、紀貫之、吉田兼好から西洋文明と対峙した福澤諭吉、内村鑑三まで、批評の魂が宿命を独歩した。この系譜に列なる白鳥、小林、河上徹太郎の、無心の信仰を秘めて無私を生きぬいた道程を、尊敬と愛読の一筋で歩み直す、真情の長篇批評。「今」を生きるために。

著者プロフィール

前田英樹 マエダ・ヒデキ

批評家。1951(昭和26)年、大阪生、奈良に育つ。中央大学仏文科卒。立教大学仏文科教授、同、現代心理学部映像身体学科教授を歴任。著書に『定本 小林秀雄』『言語の闇をぬけて』『セザンヌ 画家のメチエ』『信徒 内村鑑三』『日本人の信仰心』『民俗と民藝』『ベルクソン哲学の遺言』『剣の法(のり)』『小津安二郎の喜び』、などがある。

書評

文学よりはるか以前の裸の問い

三輪太郎

 人生はボードレールの一行に如かず、という芥川龍之介のアフォリズムがある。思うにまかせぬ現実を転覆したくてうずうずしていた田舎の高校生の私に、この箴言は大きな翼を与えてくれた。私は無邪気にも観念世界の絶対優越を信じ、文学から哲学へ、哲学から宗教へ、ふらふらと渡り歩く数年間をすごすことになった。ふりかえるとそれは、拗ねと甘えと逃避と誤読に充ちみちた、幼くも危うい数年間だった。
 その毒多き芥川の箴言を真っ向から否定しきった男がいる。正宗白鳥。彼はいう。ボードレールの百行も実人生の一日に如かず、と。文学者仲間でこんな発言をすることがどれほどの勇気を要するか、想像がつこう。学生時代の私なら、白鳥の言の凡俗ぶりを鼻先で笑っただろう。しかし、50半ばを越えた今、その凡俗ならざる重みにうなだれるしかない自分がいる。
 白鳥は作家であったが、それ以上に批評家であった。その証拠に、彼自身が領袖のひとりと世間から目されていた自然主義文学を、主著『自然主義盛衰史』で次のように括ってみせる。「凡庸人の艱難苦悶を直写した」日本の自然主義文学は、「貧寒なる文学、愚かなる迷へる文学」として「世界文学史に類例のない一種特別のもの」で、それは「必ずしも秀れた意味で例のないのではなく、『自縄自縛でじたばたする愚か物』と、傍観者に見られるやうな意味で例がないとも云へるのである」。この仮借ない他者の目は、批評家の目以外の何だろう。
 彼はこんな発言もしている。「まあ、小説なんていうものはどうでもいいな。どうでもいいようなもんだ。人間が生きていくのにね。僕は『徒然草』の愛読者だけど、何でも僕はそのままに読むからな。『徒然草』はそのままにつれづれに読む。小林君のように大袈裟に考えては読まない」。
 小林君とは小林秀雄、昭和23年の対談での一齣。小林と白鳥とのかかわりは深く、昭和11年にはふたりで「思想と実生活論争」を起こしたし、小林の絶筆は「正宗白鳥の作について」であった。
 小説なんてどうでもいい、と吐き棄てる大作家。ならば逆に彼にとって、「どうでもよくないもの」とは何だったのか? おそらくそれは、身ひとつの生を如何に生きるべきかという、文学よりはるか以前の裸の問いであった。その問いが彼を文学より先に宗教へ近づけさせた。13歳でキリスト教と出逢い、18歳で洗礼を受け、22歳で教団から離れた。教団から離れたことは信仰から離れたことを意味しない。以後、彼は孤独に信仰をはぐくみ、精神に懐疑の筋金を通さざるをえなくなった。白鳥の批評には信仰が秘められている、と前田英樹は断言する。「教会を疑い、聖書を疑い、キリストを疑ってさえなお消えることのない信仰の埋もれ火――自分にものを書かせ、生きることをやめさせない働きの根源がここにあることを、白鳥は語らなかった。そのことを隠した。あからさまにしてしまえば、火は燃え尽き、その働きは消え去るからだ」。
 キリスト教を棄てたキリスト者、文学という観念を毛筋ほども信じることのない文学批評者がついに秘して語らなかったもの、それが白鳥の文学を世間一般で文学と呼びならわされているものよりひとまわり大きなものにしてみせた。そして、「『現実の暗黒』に蠢く卑小な、惨憺たる人間のうちに、底知れず偉大なものからの沈黙の呼びかけを聴き取」る文学を実現させた、と前田は書く。
 実をいうと、本書は正宗白鳥論ではないし、白鳥の評伝でもない。もうひとまわり、ふたまわり、大きな構えを持つ批評である。著者は小林秀雄・正宗白鳥・河上徹太郎を三幅対とし、この3人が格闘したドストエフスキートルストイ本居宣長西行・内村鑑三・島崎藤村・吉田松陰・河上肇らを合わせ鏡にするという複雑巧緻な仕掛けをほどこした。そして、輪舞のごとく三幅対を自在に行き来し、ゆるやかに円環を閉じてみせる。これほど文芸的に美しい文芸批評を近年、私は読んだ記憶がない。
 小林秀雄は昭和21年の座談「コメディ・リテレール」で、「トルストイ、ドストイエフスキイは一流です。……要するに同じ魂なんだね。何か深いアナロジーを感じるのだよ」と語った。河上徹太郎は『日本のアウトサイダー』以後、「系譜」という語を好んで使った。ふたりに倣うならば、本書は、深いアナロジーでつながれた同じ批評の魂の系譜である。

(みわ・たろう 作家)
波 2018年3月号より
単行本刊行時掲載

目次

第一章 独身批評家として生きること
第二章 己を顕わす、ということ
第三章 対象を持つ、ということ(その一)
第四章 対象を持つ、ということ(その二)
第五章 批評は、いかにしてその言葉を得るのか
第六章 一身にして二生を経ること
第七章 紛れる事無く唯独り在る人
第八章 己を回顧すること
第九章 翻訳文学者たること
第十章 魂に類似アナロジーを観ること
第十一章 批評が信仰を秘めていること
第十二章 〈士大夫したいふの文学〉が在ること
第十三章 批評が系譜を創造すること
第十四章 天地の間に己一人生おのれひとりいきてあり
第十五章 己を顕わして無私に至ること
第十六章 批評が未完の自画像であること

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