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彼女は誰より深く孤独を味わい、だからこそ出会いは恩寵となった。

須賀敦子の方へ

松山巖/著

1,944円(税込)

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発売日:2014/08/29

読み仮名 スガアツコノホウヘ
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-370002-9
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,944円
電子書籍 価格 1,555円
電子書籍 配信開始日 2015/02/13

カルヴィーノ、タブッキ、サバ、そしてユルスナール。人を愛し書物を愛し、たぐい稀な作品を紡ぎ出した須賀敦子。無垢な少女を信仰へ、遥かヨーロッパへと誘ったものは何だったのか。その言葉の示す意味をあらためて読み返す――。彗星のごとく登場し知と情熱をたたえた忘れ難い佳品を遺して去った、伝説の文筆家の核心を辿る。

著者プロフィール

松山巖 マツヤマ・イワオ

1945年東京生まれ。東京芸術大学美術学部建築科卒業。作家・評論家。著書に『乱歩と東京』(日本推理作家協会賞)『うわさの遠近法』(サントリー学芸賞)『群衆』(読売文学賞)、小説『闇のなかの石』(伊藤整文学賞)など。2012年建築学会文化賞受賞。『須賀敦子全集』刊行に際して、詳細な年譜を作成している。

書評

錯綜する時間の糸で織り上げられた物語

佐久間文子

 須賀敦子(一九二九~一九九八)が亡くなって二年後に刊行が始まった『須賀敦子全集』のために、著者がつくった年譜は詳細で、すぐにも伝記を書けそうな内容だった。だが、この本のもととなった連載が「考える人」で始まったのは二〇一〇年で、それからかなりの時間がたっている。
 時間は『須賀敦子の方へ』を構成する重要な要素で、まず各章の章題が、須賀の足どりを辿る著者の現在の時間と場所である。「考える人」は季刊誌なので、ひとつの季節がめぐるごとに、著者はゆかりの土地を訪ね歩き、そこで彼女が考えたことを思う。わからないことにぶつかれば、往時の彼女をよく知る人に会いにゆく。取材というより対話に近いもので、そうしたやりとりが須賀敦子をめぐる思索を深く掘り下げてゆく。
 本に流れる時間は重層的で複雑なものだ。須賀敦子の人生を辿る著者の旅の時間を縦糸とするなら、横糸は二十四歳でフランスに留学するまでの須賀敦子の時間である。信仰においても表現においても、文中にひかれるサン=テグジュペリの言葉を借りれば、「できあがったカテドラルに席を得ようとする人間」ではなく、「自分がカテドラルを建てる人間」であろうとした須賀の足どりはまがりくねった細い道を進み、ときに見失いそうになる。
 さらにそこには、親しい友人として二人がともに過ごした懐かしい時間や、戦後まもないころに匂いガラスを嗅いだ記憶を共有していたような、二人が知り合う前に流れていたはずの時間が差しはさまれる。錯綜する時間の糸で織り上げられた物語には、たっぷりとした厚みとでこぼこした確かな手ざわりがある。
 この書き方を選んだのは、彼女の内省を追体験してみるためであっただろう。生前の須賀敦子と著者をつないだものは、著者の専門である建築であり、何より膨大な本を読んだ記憶と、その中の言葉である。ナタリア・ギンズブルグ『ある家族の会話』、スーザン・クーリッジ『ケティー物語』、庄野潤三『夕べの雲』、クロード・モルガン『人間のしるし』と、ここで取り上げられる本の読みはどれも面白く、それぞれの作品が須賀敦子という作家の中に反響しているのが読者にもはっきり聞き取れる。
 なかでも影響を与えたのは森鴎外の『澁江抽斎』とみる著者は、鴎外がそうしたように、谷中の感應寺にある抽斎の墓にまいる場面からこの旅を始める。男子と同じ教育を受け、自立した考えをもち、当時としては遅い結婚をした抽斎の妻五百の生き方にとりわけ須賀は感銘を受けた。鴎外の史伝を読むように、と須賀に指示したのは彼女の父である。
「父親の妾など憎みながらも憎しみを情に変え、身寄りのない女を救った」と、著者がさりげなく五百を紹介する一節に、はっとした。須賀の父にも別の女性との家庭があり、母や若き日の須賀を苦しめたことは、彼女の『ヴェネツィアの宿』に描かれている。『澁江抽斎』について書くことは、本に託された父の思いもまた、五百という女性の生き方を通して受けとめた、というひそかなメッセージだったのだろうか。
 記憶は生きもの、と著者は書く。本もまた生きもので、本を書く時間に起きたことが、書かれる内容にも変化をもたらす。連載中に起きた東日本大震災は、戦争をくぐりぬけて青春時代を送り、再びこうしたことをくりかえさないために自分には何ができるかを考え抜いた一人の女性の内面に、より目を向けさせることになった。
 須賀敦子の笑顔は、花が開くように周りを明るく照らした。一輪の花の、表に出た花や葉だけでなく、地下に埋もれた茎や根まで分け入るようにして描かれたこの本は、笑顔のみなもとに、これほどの苦しみと真摯な努力があったことを伝え、静かに深い感動をもたらす。

(さくま・あやこ 文芸ジャーナリスト)
波 2014年9月号より

目次

第一章 父譲りの読書好き
――二〇一〇年冬・東京谷中、二〇〇九年夏・ローマ
澀江五百
はじめての印象
ナタリア・ギンズブルグ
第二章 激しく辛い追悼
――二〇一〇年秋・兵庫県西宮市、小野市、東京東中野
小野

泣き顔を見つめる女の子
第三章 「ぴったりな靴」を求めて
――二〇一一年新春・東京麻布十番
ぴったりな靴
そーでアール
高木重子
第四章 「匂いガラス」を嗅ぐ
――二〇一一年春・東京麻布、大阪中之島、二〇一〇年秋・東京雑司が谷
変な時代
遠い朝
第五章 戦時下に描く「未来」
――二〇一一年夏・川崎市登戸、東京白金
リッカさんの木
未来の自分
第六章 「曲りくねった道」の入り口で
――二〇一一年晩夏・東京白金
憧れと希望
戸惑いと無念
弱さと脆さ
第七章 遠い国から来た人間みたいに
――二〇一一年冬・東京広尾
思想のある建物
混乱と孤独
第八章 だれにも話せないこと
――二〇一二年春・東京四谷
マザー・ブリット
荒野
ちょっとキザな言葉
第九章 あたらしい生き方に向かって
――二〇一二年夏・東京信濃町
卒業論文
空白の一年
カトリック学生連盟
第十章 「思想の坩堝」のなかで
――二〇一二年秋・名古屋、東京白金
有吉佐和子
カトリック左派の思想
生涯の師
第十一章 海の彼方へ
――二〇一二年冬・東京三田、兵庫県西宮市、神戸市
慶応義塾社会学研究科
灯台のような存在
海の彼方へ
また、旅にでるために――あとがき
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