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9つの物語を包みこみ、生き地獄のような世界に希望を灯す、かつてない小説体験!

星野智幸/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2018/01/31

読み仮名 ホノオ
装幀 横山雄/装画・題字、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 271ページ
ISBN 978-4-10-437204-1
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,728円
電子書籍 価格 1,382円
電子書籍 配信開始日 2018/07/06

親の介護に追われる男は謎の団体に父親を託し潜入取材を始め、人間がお金となり自らを売買する社会で「ぼく」が見たものとは。真夏の炎天下の公園で、涙が止まらない人で溢れかえる世界で、自分ではない何かになりたいと切望する人々が、自らの物語を語りはじめたとき――。地上に生きるすべてのものに捧ぐ著者渾身作。

著者プロフィール

星野智幸 ホシノ・トモユキ

1965年アメリカ・ロサンゼルス市生まれ。1988年早稲田大学卒業。新聞社勤務後、メキシコに留学。1997年「最後の吐息」で文藝賞を受賞しデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、2003年『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞、2015年『夜は終わらない』で読売文学賞を受賞。近著に『呪文』『未来の記憶は蘭のなかで作られる』『星野智幸コレクションI〜VI』『のこった――もう、相撲ファンを引退しない』などがある。

星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記 (外部リンク)

書評

蛇行する境界線

ブレイディみかこ

 友人から献本された電子書籍に、彼が父親の臨終の場に立ち会ったときのことが書かれていた。彼はその瞬間、筒井康隆の「瀕死の舞台」の老優の死の描写を思い出し、父が逝ったことを悟ったという。
 肉親の死というリアルな体験について書いたノンフィクションなのに、父の心臓の鼓動が止まった瞬間、彼が連想したのは小説の一場面だったのだ。
 ノンフィクションとフィクションの境界線というのは、実のところ、一般に思われているほど確固としたものではないのかもしれない。
 わたしはフィクションをほとんど読まない人間だ。しかも22年前から英国に住んでいるので、近年の日本語の小説となるといよいよ本格的に知らない。それこそ筒井康隆や「ダブル村上」が大人気だった時代で止まってしまっている。
 しかし、『焔』はそのギャップを感じさせなかった。ネットで見て知っている日本の状況を連想させる小説集だったからかもしれない。が、それだけではない。
 例えば、「ピンク」という短編に出て来る人間扇風機の話である。
 これは40度超えの炎天下が続く日本で、自分が扇風機になれば涼しくなるんじゃないかと思った人々がくるくる回り出し、奇怪な「つむじ踊り」が流行するというフィクショナルな話なのだが、わたしが前に勤めていた託児所には本当に人間扇風機になる幼児がいた。
 勤務先の無料託児所は、失業率と貧困率が英国でも特に高い地域にあった。そこに来ていた男児の一人が、いきなり両手を広げて猛スピードでスピンし始めるという変わった癖を持っていたのである(この話は『子どもたちの階級闘争』という本に書いている)。
 彼が回り始めるのは怒ったときだった。アンガー・マネジメントが必要な子どもは、暴力的になったり、他者あるいは自己を痛めつけるケースが多いのだが、彼の場合は唐突にその場でくるくる旋回を始める。ものすごいスピードでスピンするので本人にも周囲にも危険だから、彼が来る日は、プレイルームにあまり物を置かず、旋回できるスペースを確保していた。
「ピンク」の登場人物たちは、自転行為について「一心不乱に回ってるうちに、何だか純化されていく」「自分を脱水機にかけて汚れた気分を飛ばしちゃう」と、そのデトックス効果について指摘し、それは「祈り」のようなものだと言っている。その一方で、「つむじ踊り」の流行は人々を無自覚に隷属させようとする組織的な動員であり、陰謀ではないかという疑念をおぼえる登場人物もいる。
 これは小説の中でのフィクショナルな話なのだが、実際に、英国にはつむじのように旋回するジャックという幼児がいたことをわたしは知っている。これはどういう符合なのだろう。
 フィクションとノンフィクションの境界線というのは、実は直線的なものではなく、蛇行しながら互いの領域を侵し合うぐにゃぐにゃのラインなのではないか。
 ストレスが原因でところかまわず泣く人が急増する「急性落涙症候群」(「眼魚」)や、物事の価値基準を金銭ではなく人間の命にしたがゆえの「人本位制」という奴隷制度(「人間バンク」)にしてもそうである。どうしてみんなそんなに泣きたがっているのかと不思議になるほど「泣ける○○」広告の多い日本社会や、個人の自由を追求した新自由主義がブラック労働という奴隷制度に行き着いた現代の状況を鑑みれば、これらもフィクションとは言えなくなる。
 ポスト真実なる言葉が流行する時代にあっては、報道のほうが創作に近づいているのだから、小説のほうがファクトに近づいてもおかしくない。もはやこの2つの境界線も、ぐにゃぐにゃになって溶け出しているのだ。
 それは絶望的なことかもしれないが、絶望は何かを生む吉兆かもしれない。
 そんな気分にさせられるのは、ダークな話ばかりだというのに爽やかでさえある本書の不思議な読後感のせいだ。

(ぶれいでぃ・みかこ ライター)
波 2018年2月号より
単行本刊行時掲載

目次

私たちは野原のようなところで輪になって座っていた
ピンク
ふいに草の香りが立った
木星
空を見上げるが、星は一つも光っていない
眼魚
花はもう萎れて散ったのか、鈴の音は聞こえてこない
クエルボ
カラスは飛び立っていき、もはや戻ってこない
地球になりたかった男
地面の土をつまみとり、親指と人差し指の腹でこすってみる
人間バンク
決勝まで進んだ選手みたいな心持ちがする
何が俺をそうさせたか
波音が聞こえるが、おそらく耳鳴りだろう
乗り換え
自分も焔の一部として燃えている気がした
世界大角力共和国杯
大歓声が巻き起こった

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