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あるいは二人は、ずっと一緒に歩いて行けたのかも知れない。あの夜の出来事さえなければ。

初夜

イアン・マキューアン/著、村松潔/訳

1,836円(税込)

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発売日:2009/11/27

読み仮名 ショヤ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 172ページ
ISBN 978-4-10-590079-3
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,836円

性の解放が叫ばれる直前の、一九六二年英国。結婚式を終えたばかりの二人は、まだベッドを共にしたことがなかった。初夜の興奮と歓喜。そして突然訪れた、決定的な不和。決して取り戻すことのできない遠い日の愛の手触りを、心理・会話・記憶・身体・風景の描写で浮き彫りにする、名匠マキューアンによる異色の恋愛小説。

著者プロフィール

イアン・マキューアン McEwan,Ian

1948年、英国ハンプシャー生まれ。シンガポール、トリポリなどで少年時代を過ごす。イースト・アングリア大学創作科で修士号を取得後、1976年に第一短篇集でサマセット・モーム賞を受賞。『アムステルダム』(1998)でブッカー賞受賞。『贖罪』(2001)は全米批評家協会賞など多数の賞を受賞、ジョー・ライト監督により映画化された。2011年、エルサレム賞受賞。現代イギリスを代表する作家のひとり。他の作品に『初夜』『ソーラー』『甘美なる作戦」など。オクスフォード在住。

村松潔 ムラマツ・キヨシ

1946年、東京生まれ。訳書にイアン・マキューアン『甘美なる作戦』、ジョン・バンヴィル『いにしえの光』、ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』、T・E・カーハート『パリ左岸のピアノ工房』、トマス・H・クック『サンドリーヌ裁判』など。

書評

波 2009年12月号より 初夜の戦慄

小池昌代

本書の末尾に、次のような一文がある。
「この小説の登場人物は創作であり、生死を問わず実在する人物とは似ていない……」。舞台となった、二人のホテルも実在しないと慎重に断っている。
わかってるわ、小説なんだから。そう言いたくなるところだが、読んできた中身を思い返すとき、微妙な重みを心に落とす。つまりこういうことをあえて確認しておかなければならないような、プライベイトな題材を扱っているということ。そのプライベイトな密室へ、本書は読者を静かに招き入れる。
題名は邦題として選ばれたものであり、原題は「チェジル・ビーチにて」という。イギリス海峡に臨む、実在するビーチのようだ。そのビーチを見下ろすホテルの一室で、若い男女、エドワードとフローレンスが正真正銘の「初夜」を迎える。
小説の焦点は、この「一夜」にあり、この「一夜」という現在から、二人の過ごした過去の時間が、溶解するように流れ出す。
時代背景は、一九六〇年代初頭の英国。二人はともに二十代で、出会って惹かれ、結婚の儀式を取り交わした。フローレンスは、音大を出たばかりのバイオリン奏者。母親が哲学教師、父親が会社経営者で、エドワードは、結婚後、義父の会社で働くことになっていた。
彼が聴くのは、たとえばチャック・ベリー。後年、ロック音楽に関わりを持つが、クラシック音楽について言えば、ほとんど何の「意味」も持たない。彼女が異常な集中力をもって楽器を演奏し、彼をすっかり意識の外へ葬り捨ててしまっても、逆に、そのことに感動を覚えたりする。
音楽の趣味が異なるという以上に、この二人、何かがかみあっていないと感じられて、不安がさざめくように広がっていく。
「小説」だから当たり前のことだが、もちろん読者にはコトの全ては「公開」されている。いや、正確に言えば、本人たちを除いて、小説の読者にしか「公開」されていない。彼らは、親や兄弟姉妹、友人に、この一件を話していない。話せなかったというのが本当のところだろう。とりわけ、女のほうは、どう両親に言い訳したのだったか。そこのところは何も書かれていない。
事件はそうして封印された。二人の心のもっとも深いところに。面白いのは、この小説が、プライベイトはプライベイトのままに残し、なんら、あばきたてたり、そこに解説を施していないこと。だから実は、わたしたちにも、わからない点が多い。当事者たちも、起きたことの真意を、未だに掴み切っていないのでは。
初体験がうまくいかない。よくあることだ。「不感症」という言葉も飛び出すが、著者の超微細な官能表現を読む限り、少なくともわたしには、フローレンスが不感症だとは思えなかった。事後処理さえうまくやっていれば、二人には未来もあったのではないかと思う。
そう思う一方で、「初夜」が不具合に終わったことは、読んでいけば当然、予想できることであったとも思う。とりわけ、フローレンスについて思うとき、彼女の芸術活動は性行為の代償的な役割りを果たしているように見える。
二十代だった二人は、小説の終わりのほうで、一気に六十代になる。「……なにもしないことによって、人生の流れがすっかり変わってしまうことがある……」という一文が出てくるが、この認識に立つ、最後の描写がとりわけ深い余韻を残す。
時間は進む。もはや我々は、チェジル・ビーチに戻ることはできない。残されるのは、苦い悔恨と初夜についての不可解な謎。誰にも解けない。解かなくていい。

(こいけ・まさよ 詩人・作家)

短評

▼Koike Masayo 小池昌代
「初夜」という言葉が、これほど戦慄的に、これほどグロテスクに、これほど美しく響く小説は読んだことがない。1960年代初頭。イギリス海峡に臨む海岸の、あるホテル。婚姻の儀式を終えた二人は「第一夜」を乗り越えられたのか? 異なる階級、異なる音楽の趣味、異なる家族環境。この作家の言葉は、二人を冷静に切り裂くメスである。本書を読み終えた読者とだけ、「結末」の向こう側で語り合いたい。二人に一体、何が起きたのか。生きるとは乗り越えていくこと。そのことにただ、呆然とする。

▼Evening Standard イヴニング・スタンダード紙
マキューアンは、同年代の作家であるジュリアン・バーンズやマーティン・エイミス以上に、真の意味でのストーリー・テラーと呼ぶにふさわしい。

▼Guardian ガーデイアン紙
マキューアンほど鋭敏に人間関係を解剖できる作家は少ない。60年代の動乱の直前を舞台にしたこの作品も例外ではない。

▼The Times タイムズ紙
マキューアンの最近の長篇小説が交響曲であるとすれば、この作品は室内楽曲である。より親密で、繊細で、しかし緻密で精巧であることは交響曲に勝るとも劣らない。

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