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「逆から」見ると、脳も世界も一変する! 風狂の二人による経綸問答。

逆立ち日本論

養老孟司/著、内田樹/著

1,296円(税込)

本の仕様

発売日:2007/05/25

読み仮名 サカダチニホンロン
シリーズ名 新潮選書
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 255ページ
ISBN 978-4-10-603578-4
C-CODE 0395
ジャンル 文学・評論、社会学、ノンフィクション、ビジネス・経済
定価 1,296円

日本の知恵袋、養老と『下流志向』で話題の内田――注目の二人が火花を散らす対論。「ユダヤ人問題」を語るはずが、ついには泊りがけで丁々発止の議論に。身体論、アメリカや「正しい日本語」、全共闘への執着など、その風狂が炸裂し、日本が浮き彫りになる。「“高級”漫才みたいなもんです」(養老)。脳内がでんぐり返る一冊。

著者プロフィール

養老孟司 ヨウロウ・タケシ

1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉市生まれ。1962年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年東京大学医学部教授を退官し、2017年11月現在東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』『形を読む』『唯脳論』『バカの壁』『養老孟司の大言論I〜III』など多数。

内田樹 ウチダ・タツル

1950(昭和25)年、東京生れ。神戸女学院大学名誉教授。武道家、多田塾甲南合気会師範。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。主著に『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『ぼくの住まい論』『日本の身体』『街場の戦争論』ほか多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞受賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」主宰。

書評

波 2007年6月号より 大人の知恵  養老孟司・内田 樹『逆立ち日本論』

池田清彦

 敬愛する石原吉郎に「定義」と題する詩がある。この短い詩は「辞書をひらけ そして/つねに正確な定義を/さがすのだ」というフレーズで終る。石原は生涯をかけて、たとえば、戦争とは何か、あるいは宗教とは何か、といった定義を探したのだと思う。当然のことだけれども、定義はついに見つからなかった。人生はプロセスであって定義ではない。探すというプロセスが、石原に沢山の名詩を書かせたのだ。最初から定義がわかっていれば、詩を書く必要なんてない。そもそも生きる意味がない。
 ところで、人はなぜ定義を探し求めたりするのだろう。「名」は何らかの同一性を孕み、頑張れば、この同一性を厳密につかまえることができると考えるからだろう。この考えは科学の根拠となり、科学の成功に伴い真理のごとく扱われてきた。確かに「名」は同一性を孕むけれど、この同一性が不変であるという保証は、実はどこにもないのだ。物質(名)は稀有な例外なのだ(本当は、科学者がそう信じているだけかもしれないけどね)。
「名」が同一性を孕み、しかもこの同一性が不変でないならば、つまるところ、「名」は時間を生み出す形式である、ということになる。昔、そういうことを考えて、本に書いたことがある(『構造主義と進化論』海鳴社、一九八九)。私はひとり悦に入っていたけれど、他の人たちには余り受けなかったようだ。
 養老孟司と内田樹の対談本『逆立ち日本論』を読むと、こういった話を当然のこととして理解している人たちだということがわかり、うれしくなる。最初の方で議論されているのは「ユダヤ人」論である。「ユダヤ人」はポジティブに定義できない、という所から話がはじまる。
 石原吉郎ではないけれども、人は何であれポジティブに定義したがる。しかし、すべての人が同じ定義に同意すれば、話はそこで終わってしまう。もはや誰も考えることをしなくなる。定義したくて仕方がないのに定義できない何ものかは、人に考えることを強い続け、ついにそれはブラックボックスのように畏怖すべき巨大な概念として、人々の頭に棲みつくようになる。
 その典型が「ユダヤ人」というわけだ。「ユダヤ人」という定義不能な概念は長い間ヨーロッパを引きずり回し、多くの戦争を引き起こし、現代科学を押し進め、ホロコーストの原因となり、あげくはイスラエルという国家まで作ったのだ。この世界では、わけのわかるものは長い時間に耐える権勢を保つこともできなければ、魔性や聖性を帯びることもない。
 今年の三月の終わりから四月の頭にかけて、本書の著者の一人である養老孟司とラオスで虫を採って遊んでいた。そこで聞いた話は、ラオスの中で一番高位の坊さんは、一般のラオス人とは接触をしないというものだった。接触をすれば、もしかしたら只のジイサンであることがバレてしまうかもしれない(もちろん、立派なジイサンには違いなかろうが)。ブラックボックスにしておかなければ、聖性が保たれないという知恵がここにはある。
 開かれた皇室などと言っていると、そのうち天皇制は崩壊するぞ、ということで養老と私の意見は一致した。もっとも私は天皇制には反対なので、崩壊しても痛くも痒くもないけどね。いずれにしても、私の命は天皇制の崩壊を見届けるほど長くはないから関係ないか。
 本書の大半は「ユダヤ人」論をダシに展開した日本及び日本人についての議論である。二人とも大手ではなく搦手から攻める人たちだから、臆面もなく「美しい日本」などと語るノーテンキな人たちにはうまく伝わらない恐れなしとしない。すべて厳密にルールを設定して、その通りにやらなければいけないという青臭い考えが、いかに日本を腐蝕させているか。そろそろ真面目に考えた方がよいと思う。
 正義、清潔、過度の順法のいきつく先は、極めて硬直化した住みづらい社会であることに、もういい加減気づいたらどうか。生命はそもそもポジティブな同一性に回収できない、矛盾無限繰り込みシステムなのだ。生命体である人間が作る社会システムもまた、厳密な無矛盾性を維持できるはずがない。無理に無矛盾性を追求しようとすれば、いずれクラッシュを免れない。
 熱力学の第二法則は、秩序ある物は無秩序に向かって進行せざるを得ないことを教える。局所的な秩序を保とうとすると、それに見合う無秩序がどこかで発生してしまうのだ。アメリカが法と秩序と叫べば叫ぶほど、テロが横行し、社会のルールをよく守ってみんないい子になりましょう、と子供たちをコントロールすればするほど、陰湿ないじめや自殺が増えるのだ。
 法律を無闇に作ったり、憲法を改定したり、新しいシステムをやたらに立ち上げたりするのは滅びの徴候なのだ。「二十五歳でリベラルでない者は情熱が足りない。三十五歳でコンサヴァティブでない者は知恵が足りない」と言ったのはチャーチルだが、コンサヴァティブ(保守)とは、現行のシステムをすぐに変えようとしないで、ダマシダマシ使う大人の知恵のことだ。
 この国に近頃跋扈している無矛盾大好きな青臭い政治屋さんたちには、是非、本書から大人の知恵を学んで頂きたい。

(いけだ・きよひこ 生物学者)

目次

   まえがき 養老孟司
第一章 われわれはおばさんである
われわれは「おばさん」か?/脳はその日暮らし/「世間」しか考えていない/解剖と武道/死体は武器になる/長い足が嫌い
第二章 新・日本人とユダヤ人
ユダヤ人とはだれか/日本における「ユダヤ的」なもの/「口」はどこまでを指すか/逆から入る/日本人だから書ける/ユダヤ人は「神に選ばれた民」/自分はここにいていいのか/ユダヤ教の天地創造/脳が行う「調整」/ユダヤ人の視覚への禁忌/アウシュビッツの「証人」/新・日本人とユダヤ人/武道とレヴィナス/『唯脳論』の誕生
第三章 日本の裏側
「よくわかりません」/縄文時代の世田谷区民/国籍はいい加減なもの/インターナショナルは辺境/鎖国志向/小泉純一郎という「変人」/総長賭博型ソリューション/政治的になるということ/周りの情勢で決まる日本/フェアネス/数とアイデンティティ
第四章 溶けていく世界
個人情報保護村へようこそ/首尾一貫という病/アメリカ・バッシング/疲弊するアメリカの土地/「生きているうちはこれでいい」/トランポリンの上の相撲/振り込め詐欺のある「いい社会」/無駄なもの/敵味方複合体/高層ビルが建つ理由/イギリスの足腰
第五章 蒟蒻問答主義
怒りっぽい人/丈夫な脳を持て/会議は大嫌い/ドラマティック中間管理職/羅生門/正解はひとつじゃない/「個性」とは「人を見る目」/呼称権の有無/蒟蒻問答
第六章 間違いだらけの日本語論
顰蹙を買え/漢文を復活せよ/「嫌がらせ」が七割/「正しい日本語」なんてない/言葉を楽器のように/リズムと朗読/感覚としての言葉/説教させて
第七章 全共闘の言い分
皮肉をもっと言おう/福沢諭吉は全共闘/全共闘はなにを言いたかったのか/ああ言えばこう言う/俺にしかわかんない/空気の通っている本/土俗と普遍
第八章 随処に主となる
市民的自由/大人になれない国/成熟というモデル/「対偶」の考え方/翻訳は裸でするもの/師匠の存在/親切すぎてもダメ/随処に主となる
   あとがき 内田樹

担当編集者のひとこと

逆立ち日本論

武道する思想家と解剖学者――二人の風狂による経綸問答。
あえて「逆から」見ると、脳も世界も一変する。 内田樹氏の『私家版・ユダヤ文化論』に触発された養老孟司氏。同時に内田樹氏からも「じっくりと話をしてみたい」という言葉が編集部に届き、この対論が二年前に始まりました。大阪でお酒を酌み交わしながらの一晩。養老氏の別荘での泊りがけとなった一泊二日。東京での数時間……。多忙な二人が都合をつけて議論を重ねたとき、「まえがき」で養老氏が「またぜひ」と書いているように、終るのが名残惜しいといった感のある対論になりました。
 また、この対談は「“高級”漫才みたいなもの」(養老氏談)でもあります。内容は多岐にわたり、「ユダヤ人問題」を語るはずが、なぜか「おばさん」としての自覚から始まり、二人ならではの身体論やアメリカ論、小泉純一郎元首相の評価、「正しい日本語」批判、全共闘とはなんだったのか――などなど。笑いの絶えない、しかも思わず目から鱗どころか目まで落ちそうな考え方が鮮やかに展開されていきます。ぜひこの一冊で「頭がでんぐり返る快感」を味わってみてください。

2016/04/27

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