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なぜ人間は「悪徳」を取りこむ必要があるのか――?

世界地図の中で考える

高坂正堯/著

1,512円(税込)

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発売日:2016/05/27

読み仮名 セカイチズノナカデカンガエル
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 292ページ
ISBN 978-4-10-603789-4
C-CODE 0331
ジャンル ノンフィクション、ノンフィクション
定価 1,512円
電子書籍 価格 1,210円
電子書籍 配信開始日 2016/11/11

「悪」を取りこみ、人間社会は強くなる――タスマニア人の悲劇から得た洞察の真意とは。なぜイギリスは広大なインドを容易に征服でき、しかしその統治には失敗したのか。なぜ二度の大戦で勝利を収めたアメリカが、ベトナムでは敗北したのか。稀代の国際政治学者が、若き日に世界各地で綴った珠玉の文明論。【没後二十年記念復刊】。

著者プロフィール

高坂正堯 コウサカ・マサタカ

(1934-1996)昭和9年京都生れ。京都大学法学部卒。昭和38年に発表した「現実主義者の平和論」が、当時の論壇に多大な衝撃を与えた。昭和46年、京都大学教授に就任。著書に吉野作造賞を受賞した『古典外交の成熟と崩壊』や、『宰相吉田茂』『海洋国家日本の構想』『世界史の中から考える』などがある。また、平和安全保障研究所理事長、ロンドン国際戦略研究所理事や中曾根首相の私的諮問機関「平和問題研究会」の座長もつとめた。平成8年没。

書評

半世紀前に今日を見通した思考の芸術

藻谷浩介

〈著名人が薦める〉新潮選書「私の一冊」(2)

 掲題書は、半世紀近く前の1968年に、30代前半の研究者だった高坂正堯(1996年没)が書き下ろした本の復刊である。当時高度成長の終盤にあった日本は「経済発展という目標を失いつつあり、そして、それに代るべきものを見出みいだせない」状況だったし、米国はキューバ危機を経てベトナム戦争の泥沼に足を突っ込んでいた。
 困ったことに、『世界地図の中で考える』という初版当時からの書名も、復刊に際し裏表紙に掲げられた「なぜ人間は『悪徳』を取りこむ必要があるのか――?」というコピーも、著者の主旨をみ損ねたものだ。このコピーや高坂正堯の名にいささかの抵抗感を覚える人たちにこそ、本書を読んでもらいたい。「『中国の脅威』に対抗して集団的自衛権!」と短絡する政治家や一部有権者に危うさを感じるあなたこそ、本書のあるべき読者だ。
 若き日の高坂正堯が試みていたのは、「狭いようで広く、そして複雑な世界」の本質に迫ること。人々の頭の中の世界地図には白地図のままの部分が広大にあり、我々が知っていることの大体は「『イメージ』にすぎない」。「人から聞いたり、書物で読んだ知識、すなわち『意見』が現実から離れたものであり、それ故空虚で危険であること」を、彼は無数の例を引きながら解き明かす。
 評者は満腔まんこうの意をもって賛同したいのだが、「問題の複雑さを理解している人だけが、中心的な事実を単純化して捉えてもよい」のであり、「ある体制を、時と場所と無関係に、抽象的に判断するくらい大きな誤りはない」。そうした認識に立ちつつ探り続けることで、現実がその背後の構造にさかのぼって理解され、時代の目の曇りから自由な、確固たる認識が生まれる。
「(アメリカは)有能で、強力な中央政府によって『体系的』に動かされている国ではない」。「アメリカの戦争方法は限定戦争(ゲリラ戦)に合わない」。「(アメリカが)世界のすべての問題に首を突っ込まないことが、いかに望ましいか」。著者のこれらの言を理解できる人は、半世紀前よりも今の方が多いだろう。アジアは「『近代に現われた最大の侵略者は西欧である』という点では一致」するが、それ以外に一致点はない。まさに著者の語る通りである。
 ぜひ本書を手に取り、半世紀前になされた未来予測の的確さを検証してほしい。著者はタスマニアの山火事に自然改造の限界を見、二酸化炭素の増加や長寿命化が未来に及ぼす影響を推測する。インドネシアの共産ゲリラの蹉跌さてつからイスラム教を知ることの重要性を導き、米国の力の源泉は「技術」ではなく「経営」にあるのだと喝破する。「コミュニケーションの分野において、世界はますます一つになる」とコンピュータの黎明れいめい期にあって見通しつつ、「二十世紀の末は、闇と光に二分された明快な世界像を狂信する時代になるかもしれない」と懸念している。今を生きる我々は、半世紀後の地球について、ここまで本質を突いた予測を成し得ているだろうか。
 本書終盤で「現代ほど言葉と、表現すべき事態の複雑さの間に距離があることは少ない」と慨嘆する著者。その後半世紀を経て、状況がさらに破滅的に悪化していると感じるのは、評者だけではないだろう。だがすべきことは同じだ。「愚かな狂信と暗い懐疑主義の中間に踏みとどまること」であり、「ただし書をつけながら現象の本質を捉える」ことである。成果なきアベノミクスが惰性で延長される今年に、その行き詰まりの先を見据えて、我々は準備を続けなければならない。

(もたに・こうすけ 日本総合研究所調査部主席研究員)
「毎日新聞」2016年7月17日書評より

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[→]〈著名人が薦める〉新潮選書「私の一冊」一覧


なぜ「悪」を取り込む必要があるのか

細谷雄一

 高坂正堯元京都大学教授がその設立に深く関わったサントリー文化財団が刊行する雑誌『アステイオン』。「追悼・高坂正堯氏」と銘打った一九九六年の第四二号では、北岡伸一立教大学教授(当時、以下同)、坂元一哉大阪大学助教授、そして中西寛京都大学助教授が、座談会で高坂の巨大な足跡とその功績を回顧している。坂元と中西は高坂の門下生であり、北岡も高坂とは政治的立場が近い位置にいた。
 その座談会の末尾で、「最後に、後学のため、先生のご本でお勧めのものを紹介して終わりにしましょう」と、北岡教授が述べている。数々の名著を残した高坂の著作の中で、北岡教授と坂元助教授がそろって、新潮選書から高坂が一九六八年に刊行した『世界地図の中で考える』をあげているのは興味深い。一九六〇年代後半は、政治学者高坂にとって、人生で最も豊穣な成果を生み出した時期であった。一九六六年の『国際政治』、そして一九六八年の『宰相吉田茂』は高坂の評価を決定的なものとし、現在でも広く読まれ続ける国際政治学の古典的名著である。
『国際政治』と『宰相吉田茂』というこの二つの著作では、政治学者として明確な主張を展開しているのに対して、同じ時期に書かれた『世界地図の中で考える』は対照的な印象を読者に与える。それもそのはずで、「あとがき」のなかで高坂は、「私はこの書物で、かなり自由な書き方をした」と断り書きをしている。というのも、「私が旅行で見、感じ、そして考えたこと、旅行から考えて本を読み、論じ合ったことを、そのまま書く方がよいと思った」からだ。そのような肩の力が抜けた自由奔放な思考と記述が、本書の魅力をよりいっそう大きなものとしている。
 それでは、この著書にはどのようなことが書かれているのか。まず高坂は本書の叙述を、自らのタスマニアでの滞在についてから始める。高坂がタスマニアに関心を持ったのは、自らが子供の時代に知った、タスマニア島原住民の滅亡の理由への知的好奇心がきっかけであった。なぜタスマニア人は、滅びなければならなかったのか。
 それを調べていくうちに、高坂は興味深い事実に突き当たる。すなわち、「タスマニア土人(ママ)を滅亡させる上でもっとも効果があったのは、イギリス人の鉄砲でも大砲でもなかった。皮肉なことに、そうした文明の利器よりも、イギリス人が彼らの身体のなかに携えて来た微生物が、はるかに有効だったのである。」というのも、タスマニア島の原住民は、外部との接触がなかったために、このような細菌への免疫がなかったのだ。
 たとえ細菌が悪であったとしても、その「悪」を体内に取り込むことでむしろ免疫を高めて、われわれはより強くなれる。高坂は語る。「ごく簡単に言えば、より多くの種類の病原菌を体内に持っている人間がより多くの病気に耐えうるのである。」高坂は、社会のなかからひとつずつ悪を摘まみ取って排除するよりも、その悪を内側に取り込み強くなる必要に目を向ける。これこそが高坂の文明論の真骨頂である。政治の世界でも、権力、軍事力、戦争、帝国主義、独裁といった、数々の悪徳が見られる。そして、それらの悪徳を排除することを政治の目的に掲げる理想主義者はあとを絶たない。しかし、そのような悪をむしろ内側に取り込むことで免疫を高め、われわれはより強くなれるのだ。
 高坂が社会に求めるのは、均衡である。「社会のなかには、さまざまな要因が微妙な釣り合いを保っている。人びとはそのなかのあるものを善とし、あるものを悪とするけれども、その相互の関係は複雑に入り組んでいて、どれが善であり、どれが悪であるかを言うことが難かしいのが真実なのである。」「あとがき」でもまた、次のように書いている。「実際には、文明そのものが光の面と闇の面を持っている。そしてその二つは離れ難く結びついているのである。」そのような高坂の文明論は本書の全体に貫かれ、そのような視座からアメリカ、イギリス、フランス、日本の文明を自由に描き、その光と闇に目を向ける。
 なんと成熟した思考だろうか。戦後の日本社会はあまりにも稚拙に、「光の面」に執着し「闇の面」を否定することに懸命となってきた。われわれに必要なのは、そのような社会の「闇の面」あるいは「悪徳」を、人間社会が生み出す不可欠な全体の一部として捉えて、その均衡を生み出すことではないか。高坂の古典的な文明論を読むことで、読者は見失いがちな価値のある視点を得ることができるのであろう。

(ほそや・ゆういち 慶應義塾大学教授)
波 2016年6月号より

目次

第I部 タスマニアにて

第一章 タスマニアと私
タスマニアとは?/発見と入植/滅亡譚との出会い/滅亡のある条件/「地理的視野」の誘惑/正確な地図―君の地図と私の世界/国際政治学の出発点
第二章 タスマニア土人の滅亡
ひとつの疑問/没交渉の結果/タスマニアンは何処から?/細菌の威力/宇宙時代―新世界との接触/抵抗力とバランス/イズムを越えて
第三章 タスマニアの風景
望郷の小イギリス/囚人セツルメントの役割/機械化が変える風景/オーストラリアの場合/アメリカとの協力/現代文明と山火事
第II部 パックス・アメリカーナ

第一章 アメリカの優越
余裕の圧力/収支勘定としての戦争/マッカーサーよりアイクを/ライシャワーの皮肉/ドイツと日本の錯誤
第二章 方法的制覇――システマチック・エイジ
分業と規格のシステム/総力戦と銃後/優越の論理/プロシャ式組織体系/マクナマラ商法
第三章 二つのパラドックス
「漁夫の利」の条件/鎖国と孤立のうまみ/過剰な包容力の危険性/多様性と地方社会/選挙方法/不完全を越えて
第III部 文明の限界点

第一章 ベトナム戦争――アメリカ帝国の苦悩
一九五四年の岐路/ゴー・ジン・ジェムとアメリカの無知/農地改革の失敗/世論調査/ゲリラ戦の合理性/「骨董品店の象」/時と場所と状況
第二章 インドのイギリス人
インド進出初期/容易な征服の謎/シヴィライジング・ミッション/二つの考え方/J・S・ミルのリアリズム/援助のジレンマ―「だめだ地上(そこ)では」/専門家(エキスパート)の必要/英米の違い―知恵と生命力
第IV部 さまざまな文明・ひとつの世界

第一章 ひとびとの白地図
介入の限界と孤立主義/誤った予測―インドネシアの例/政治と宗教的要素
第二章 自由への愛――フランスの抵抗
アメリカの挑戦/フランスであること/世界帝国阻止の伝統
第三章 アジア主義の心情――日本人の反撥心
反西欧―林房雄と竹内好/征韓論の支え/幕末の気概/尊厳維持の課題/潜在的影響力
第V部 世界化時代の危機

第一章 食糧危機――〈南〉の苦況
追いつかぬ食糧/援助のペイ/ジャワと砂糖きび/技術の流入と社会制度/自立インドの条件
第二章 狂信と懐疑主義――〈北〉の苦況
未来論と学生運動/公害と副作用/技術の位置/イメージの罠―スイスの場合/ある中立論議/拡大情報―マッカーシーの善戦/複雑な現象と表現の困難/価値の動揺と目標の喪失/不安と予言/テクノクラシーの重圧/狂気と懐疑の間を
あとがき

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