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〈人使い〉の極意―乱世を生き抜いた知将の至言―

小松哲史/著

748円(税込)

発売日:2008/12/17

  • 新書
  • 電子書籍あり

多胡辰敬・藤堂高虎・黒田官兵衛。今こそ算用武士道に学べ。転職・人事・経営の要諦ここにあり。

どのように人材を育成し、どのように部下を使うべきか。良い上司と悪い上司をいかに見抜き、いかに信頼関係を築くか。戦国乱世を生き抜いた武将の遺した言葉には、先の見えない時代を読み解くヒントが随所に隠されている。多胡辰敬、藤堂高虎、黒田官兵衛――。三人の知将の言葉を、文語と現代語を折衷した訳で読みやすくした、時代を超えて読む者の心に訴える名言集。

目次
はじめに――なぜ多胡辰敬・藤堂高虎・黒田官兵衛なのか?
第一部 多胡辰敬の理
第一章 “算用(ビジネス)武士道”を語る――『多胡家訓』より
一、ちょろちょろためて一気に使う
二、人は人を世話して人となる
三、死んでいる金より生きている金
四、日本は小国なり、されど広し
五、ほどほどこそ奥ゆかしい
六、耕す人がいなければ田畑は荒れる
七、知者一人より愚者三人
八、弓をしなやかに曲げるには
九、大きな間違いと小さな間違いのどちらを許すか?
一〇、クビにする前にもう一度考えよ
一一、下の者は上の者から学ぶ
一二、火があれば乾き水があれば潤う
一三、いつまでも同じ服装ではあきがくる
一四、武士道は身だしなみから
一五、かっこうよく服を着るには
一六、なぜ食事はたいせつか?
一七、ご飯が主役でおかずは脇役
一八、読み書きのできない人はほえる犬以下
一九、花も実もある人生こそ
二〇、魚は一日水を飲み続ける
二一、春秋があれば夏冬がある
二二、わが先祖は日本一のばくち打ち
二三、命は軽く名誉は重く
二四、主人は屋根、使用人は畳
第二章 計算のない人生などつまらない――多胡辰敬を読み解く
第二部 藤堂高虎の労(ほねおり)
第一章 主従関係(エンプロイメント)を語る――『高山公実録』より
一、悪い主人は見限れ
二、よい主人はやたらに人を叱らない
三、完璧な主人、完璧な家臣はいない
四、よい家臣は必要以上にごきげんをとらない
五、命がけで働くようにさせるには
六、部下のえり好みをするな
七、新人が悪を働くのはベテランが悪いから
八、上手な人使いこそ、治世のコツ
九、人の嫌がることをしろ
一〇、どんな人も軽くみてはいけない
一一、平時こそ油断をするな
一二、死ぬ覚悟さえあればなにも怖くない
一三、強者が弱者に負けることもある
一四、自己を律し、自己を貫くのが侍
一五、藤堂高虎遺書(息子藤堂高次へ残す文書)
第二章 疑り深い主人をどう信じさせるか――藤堂高虎を読み解く
第三部 黒田官兵衛の潔
第一章 家臣・万民(ピープル)を語る――『黒田家譜』より
一、部下や民衆の怒りがいちばん怖い
二、相性のよい者こそ要注意
三、人をひきいる威厳とは
四、大名の子は庶民の苦しみがわからない
五、重役は選挙で選べ
六、織田信長が天下を取るこれだけの理由
七、小をもって大に勝つには?
八、頼むべき大将は誰か?
九、治世にあってこそ武を忘れるな
一〇、匹夫の勇と大将の勇
一一、退くを知るもまた兵法の道
一二、過剰にものをもてば家計を圧迫する
一三、なぜ節約するのか?
一四、神に祈ることも葬式もいらない
一五、総大将が二人いるとどうなるか?
一六、如水茶堂の法度書
一七、日本がどうなろうとわれらの仲は変わらない
一八、もし家康が関ヶ原で負ければ
第二章 平和なときこそ武士道が必需――黒田官兵衛を読み解く
第四部 辰敬・高虎・官兵衛を比較する――今の時代になにが必要か
あとがき

書誌情報

読み仮名 ヒトヅカイノゴクイランセヲイキヌイタチショウノシゲン
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 208ページ
ISBN 978-4-10-610294-3
C-CODE 0221
整理番号 294
ジャンル 日本史、経営学・キャリア・MBA
定価 748円
電子書籍 価格 660円
電子書籍 配信開始日 2012/04/27

インタビュー/対談/エッセイ

今の乱世に、“算用(ビジネス)武士道”こそ

小松哲史

「百年に一度」「いまだかつて経験したことのない」などという言葉を枕にして、“大不況”が語られている。乱世の兆しが濃厚である。
 だが、税金を湯水のごとく使う公的資金の投入やお手軽な定額給付策で、この事態を乗り切れるとはとても思えない。いっさいが信用できない世で、なにを頼りに生きていけばいいのか? そんなことを考えながら本書を書いた。
 この本には苛烈な戦国時代を生きた三人の武将――藤堂高虎・多胡辰敬・黒田官兵衛――が登場する。
 この三人の生き方は、忠誠・信義・礼節・質素などを重んじるふつうの武士道とは、かなり異なる。彼らは、算盤勘定を胸に、自分の目を信じ、確かな上下関係(雇用関係)を築き、経営に励めという“算用ビジネス武士道”を家訓にした。
 藤堂高虎は「勘定高く」生きた。なにしろ七回も主君を替えているほどだ。「昼夜奉公を尽くしても、気づかぬ主人なら、即刻暇をとるべし」と転職を繰り返し、ついに頼るべき主人を見つけ、伊勢・伊賀(三重県)32万石の大名となった。
 こんな高虎を評して「風見鶏」「世巧者」という悪評もあるが、これは一面的な評価でしかない。そのあたりを知りたい方は、拙著『主を七人替え候』(幻冬舎刊)をご覧いただきたい。
 “算用武士道”の考え方を前面に押し出したのは多胡辰敬である。多胡は石見(島根県西部)の小さな城主で、尼子氏に仕え、毛利氏に滅ぼされた。一般にはほとんど知られないが、彼の書いた『多胡家訓』により、歴史に名を残す。
 多胡によれば“算用”とは、「合理にかなった天地の定めであり、すべてをはかる算勘の術」であるが、単に算盤勘定にとどまらず、「国をおさめ、郡や郷、庄や村を束ね、田をつくるのも算用」とした。すなわち、今から400年以上も前に、「どんぶり勘定」や「死に金」を否定し、合理的経営と算用術を強調したのである。
 黒田官兵衛は、「忠誠心」のみを一方的に上から強制することを否定し、「今のわれらがあるは、家臣の者が力を合わせてくれたから」「家臣・百姓の下す罰がもっとも恐い」と主君の側を戒め、頼り・頼られる主従(雇用)関係こそ肝要とする。
 一人の武者ならば、個人的に武力が強ければよい。しかし、大将となり大名となるには、それだけでは十分でない。軍略にたけ、多数の兵を縦横に動かし、かつ領国経営にも優れなければならない。
 これは現代にも当てはまる。平社員なら、営業なり開発なり、個人プレーヤーとして、それぞれの部門で力を発揮すればよい。しかし、管理職や経営者となるには、部下を使いこなし、会社として経営を成り立たせねばならない。
 昔も今も、サムライもサラリーマンも、根本の悩みは同じなのだ。本書のタイトルを、『〈人使い〉の極意』と名づけた所以である。

(こまつ・てつし 作家)
波 2009年1月号より

著者プロフィール

小松哲史

コマツ・テツシ

1943(昭和18)年東京生まれ。作家。早稲田大学政治経済学部卒。埼玉県で中学校教師の後、アメリカ、カナダに渡る。著書に『主を七人替え候―藤堂高虎の復権―』『会社が再び輝くとき』『トリプルA・カンパニー』『MBAを取って、年収2倍を目指せ!』『サバイバル英語』など。

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