一勝九敗



 文庫版あとがき

 本書は、二○○三年十一月に世に出た単行本『一勝九敗』の文庫版である。執筆当初は、一九八四年六月にユニクロ一号店をオープンしてから二十年が経ち、会社にとってもぼくの経営者人生にとっても大きな転換点にあり、会社経営の原点である経営理念や方針をきちっとしたかたちで書き留めておくことに意味がある時期だと思った。それから二年以上経過し、ユニクロおよびその持ち株会社となったファーストリテイリングは、その当時とまた違った変貌と進化をとげている。今現在は、実行に実行を重ねている真っ最中であり、振り返って評価をする時期でもないのでそのことを単行本に加筆増補しない。いずれ機会があれば、と考えている。
 とはいえ、単行本出版時からすでに二年数ヶ月が経っているので、毎年の標語に関するエピソードとその間に何を実行してきたかを述べて、文庫へのあとがきとしよう。

 ぼくは毎年一月一日、全社員に向けて日ごろの勤務への感謝と新年の抱負を文書化し、日付が変わる時刻に合わせメールしてきた。そのなかで、今年の最重要な行動指針である標語を示すことにしている。最近三年間のそれはこうだ。

 二○○四年 「自己革新」
 二○○五年 「第二創業 即断・即決・即実行」
 二○○六年 「世界一の実現 現場・現物・現実」

 二○○四年の「自己革新」は、経営理念の第二十条に示した「自分が自分に対して最大の批判者になり、自分の行動と姿勢を改革する自己革新力のある経営」を重視してほしいと考え取り上げた。事業が世の中で受け入れられるか否かは、社会の大きな流れと環境に合わせて自分自身・自社自身を変えられるかどうかだ。企業は経営する人の意思で変えられるし、変えられた企業のみが生き残る。世の中の変化、つまり市場の変化は常に暴力的だ。そこでは自分や自社の都合は一切許されない。そこで自己革新を続ける必要がある、と説いた。
 二○○五年の「第二創業 即断・即決・即実行」は、全国的なユニクロブームの反動からようやく正常な状況に戻った時期に、再度、ユニクロ一号店オープン時の原点に立ち返り、優良企業の条件である「即断・即決・即実行」を重視してほしいとの願いに基づいている。新しい事業を起こそうとすると、安定巡航時の十倍以上のエネルギーが必要である。「良い会社は成長し続け、高収益を上げ続けて当然」との考えのもと、あらゆる問題に対し自身の問題として素早く痛切に感じ、そのうえで即断、即決、即実行をすべきだ。それも、経営幹部ほど創業時のような高いエネルギーを持ち続けてほしい、と説いた。
 二○○六年の標語は「世界一の実現 現場・現物・現実」とした。これは、世界一のユニクロおよびファーストリテイリング(速い小売)を実現するためには、全社員のすべての仕事は現場・現物・現実から始まり、終結点に至るまで同様に現場・現物・現実を直視して仕事をするべきだということである。毎日の商売のなかで常に現場・現物・現実を見据え、自らの願望や思惑を交えず、お客様や市場を誰よりも熟知し、理想と志を高く持って、革新的な方法と最速のスピードで誰よりも速く駆け抜けないと世界一にはなれない。ビジネスの世界では、「速く駆け抜ける」は「生き抜く」と同義語である。本文でも触れたが、会社経営において、会社も個人も成長しなければ死んだも同然なのだ。
 元々われわれの仕事のすべては、お客様のために存在している。お客様が買物し満足されてこの店、この商品、この販売員、この会社が世界一だ、何度でも買いに来たいと思われることが全社員の究極の目的でなければならない。そうでなければ商売をやる意味がないと考えている。
 さて次は、二年数ヶ月の間に何を実行してきたか。
 日米で「セオリー」ブランドを展開するリンク・セオリー・ホールディングス社に資本参加(その後、同社は東証マザーズに上場した)、ナショナルスタンダード社を子会社化、ユニクロ店初の五百坪レベルの大型店として心斎橋筋店をオープン、米国に子会社を設立しユニクロ事業をスタート、韓国ロッテショッピング社との間で合弁会社を設立し韓国でユニクロ事業をスタート、米国にユニクロデザインスタジオ社およびR&Dセンターを発足、靴小売業ワンゾーン社の全株式を取得し子会社化、香港で子会社を設立しユニクロ事業をスタート、イタリアのアスペジ社等との合弁契約に基づきアスペジ・ジャパン社を子会社化、フランスを中心に欧州で「コントワー・デ・コトニエ」ブランドを展開するネルソンフィナンス社および「プリンセス タム・タム」ブランドを展開するプティヴィクル社を子会社化、ユニクロ銀座店をオープン、ファーストリテイリング社を持ち株会社化しユニクロ等の各事業会社を子会社とする新経営体制をとった。そのほか、超大型店や専門小売店の業態開発、女性が継続的に働きやすい職場環境作り、高い倫理観を持ったよりよき企業になるためにCSR(企業の社会的責任)体制強化プロジェクトなどを始動させた。
 いろんなことをやってきたようだが、「二○一○年八月期グループ売上高一兆円、経常利益千五百億円」に到達するには、まだまだだ。世界的な流通業の潮流=乱世のなかで、グローバル企業としてやっていけるだけの足がかりが少しだけ見えてきたにすぎない。

 経営とは、汲んでも尽きない目標と課題の井戸のようである。矛盾だらけの経営課題を手探りで、ほうぼうにぶつかりながら解決していき目標に近づく。目標をクリアーしかけると、また次の目標が見えてくる。ぼくも人間なので限りはあるだろうが、ここ数年は高い志を持つ仲間たちとともに経営に邁進していきたいと考えている。
 手ごろな価格と体裁でますますカジュアルになるだろう本書の文庫化で、数多くの方々に読んでいただけたら望外の喜びである。

   二○○六年一月
柳井 正

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