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雨天炎天〈新装版〉
村上春樹

カビの生えたパンも、険しい山道もなんのその。ギリシャ正教の聖地アトスをひたすら歩くギリシャ篇。謎の「泳ぐ猫」を求めて若葉マークの運転で廻ったトルコ篇。ともに未発表カットを多数加えた148枚の写真(撮影・松村映三)で、ふたつの旅の全行程を再編集した新装版!

ISBN:978-4-10-353419-8 発売日:2008/02/29

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雨天炎天〈新装版〉



   『アトスとはどのような世界であるのか』

 アトスを旅する前に我々が知っておかなくてはならないことがいくつかある。その中でもいちばん基本的なこと――それはアトス半島がまるっきり別の世界である、という事実である。アトスはこちらがわの世界とはまったく違った原則によって機能している世界なのである。その原則とはつまりギリシャ正教である。この土地はギリシャ正教の聖地であり、人々は神に近づくためにここを訪れるのである。だからこそ、この土地はギリシャの国内にありながら、宗教的聖地として完全な自治を政府から認められているわけである。
 アトスの地を治めてきた法は、どのような世俗の法や憲法よりも古く、そして強い。東ローマの皇帝がこの地を治め、ついでトルコ人が治め、そしてギリシャ政府が治めた。でもどのような政治体制下にあっても、アトスの宗教的共同体としての体制は微塵もゆるがなかった。それがアトスである。
 アトス半島には現在のところ二十の修道院が存在し、約二千人の僧がそこで厳しい修行を積んでいる。彼らは修道院が創設されたビザンティン時代とほとんど変わらない質素な自給自足の生活をつづけながら、神に近づかんがために日夜祈りつづけている。彼らはとてもシリアスな人々である。彼らは宗教的真理と至福に到達するべく、人里を離れ、世俗的な欲望を断って修行を積んでいるのだ。それらの祈りは非常に微妙な集中力を要求されるものであるからこそ、彼らはわざわざこの聖域にやってきたのである。決してボーイスカウト活動みたいなのりでやっているわけではないのだ。このことはまずしっかりと頭に入れておかなくてはならない。
 だからここには女はただの一人も住んでいないし、また入山することも禁止されている。そんなもの――という言い方もひどいけれど――がいると修行の妨げになるからだ。動物もメスは入れないということになっている。オスは全部去勢されている。しかしもちろん言うまでもないことだが、アトスにいる動物は何から何までオスばかりというわけではない。これは家畜のような大きな動物に限った話である。
 それからこの地はギリシャ正教徒のための土地であるから、外国人の異教徒がここに入るためにはギリシャの外務省から特別ビザを発行してもらう必要がある。関係ない人がどやどやといっぱいやってきたら落ち着いて修行なんかしていられないからだ。外国人の滞在期限は原則として三泊四日である。それ以上の滞在許可を取るのはかなり難しい。
 言い伝えによれば聖母マリアがキプロスに住むラザロを訪れようとして船に乗ったところ、嵐で航路を外れたが、神の導きによってこのアトスの海岸に流れついたということである。それまでこの地はおぞましき異教徒に支配されていたのだが、聖母マリアがその海岸に足を触れるやいなや、すべての偶像は粉々に砕け散ってしまった。マリアはこのアトスを聖なる庭として定め、女性はこの地に永遠に足を踏みいれることなかれと宣言した。そうしてアトスは神に祝福された聖なる地となったのである。
 という話である。
 もし現在そういうことが起こったら、マリアは世界中のフェミニストの団体に激しく糾弾されただろうと思う。でもなにしろこれは二千年近く前の話だから、べつに誰も怒らなかった。そしてそれ以来女性はここに足を踏みいれることができなくなった。僕の個人的感想を言わせてもらえるなら、女が足を踏みいれることのできない場所が世界にひとつくらいあったっていいじゃないかと思う。男が足を踏みいれることのできない場所がどこかにあったって、僕はべつに怒らない。
 さて、この地に本格的な修道院が建ったのは十世紀のことである。最盛期には四十の修道院で二万人の僧が修行を積んでいたという。一時、トルコ帝国に支配されていた時代には財政的な問題もあり、また度かさなる海賊の襲撃などもあってかなりの衰えを見せたが、二十世紀に入ってからは少しずつ復興の兆しを見せ、現在に到っている。とくに六〇年代以降は物質主義に失望し、それに代わる価値観としての宗教にめざめた若い人々、とりわけ大学を出た知識層が出家してここに籠もるという例が増え、新しいスピリチュアルな聖域として世界的に脚光を浴びているそうである。僕もこのアトスを回ってみて感じたのだけれど、どの修道院にもけっこう若い人が多く、彼らは総じて語学にも堪能であった。そういう意味ではこのアトスの地は、日本で考える既成宗教とはまったく意味あいが違う。この地では宗教は文字どおり生きているのである。同時代的に息づいているのである。
 また、この半島では自然がほとんど手つかずの状態で残っている。観光開発業者の手がまったく入っていないギリシャ国内唯一の土地と言っていいだろう。地形も峻険である。ここには平地というものがほとんど存在しない。山ばかりだ。半島の南にはアトス山という二〇〇〇メートルの山が聳えている。海岸線は全部断崖絶壁であり、人を寄せつけぬような厳しさを持っている。どこに行くにも自分の足でいちいち山を越えていかなくてはならない。この半島には交通機関というものがまったくと言ってもいいほど存在しないからだ。
 僕は本でアトスのことを読んで以来、どうしてもこの地を一度訪れてみたかった。そこにどんな人がいて、どんな生活をしているのか、この目で実際に見てみたかったのだ。

 そんなわけで、一九八八年の九月の朝、我々はウラノポリから船に乗ってダフニに向かうことになった。連れはカメラの松村君と、編集のO君である。松村君と僕とはそのあと車でトルコを一周することになっている。まずこのアトスが手始めである。O君はアトスに入るいろんな手続きが面倒なので、ここまで同行してきた。
 結果的に言うと、これはけっこうハードな旅になった。僕はハードな旅がけっして嫌いなほうではないけれど、それにしてもこれはかなりのものだったと思う。道はあくまで険しく、天候はあくまで厳しく、食事はあくまで粗食であった。
 でもとにかく順番を追って行こう。まずはアトスの入り口、ダフニである。

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