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いっちばん
畠中恵

若だんなに元気がない? それはいつものことだけど、身体じゃなくて気持ちが鬱いでるって? こうなりゃ、誰が一番若だんなを喜ばせられるか、一つ勝負といこうじゃないか――一歩ずつ大人の階段を登り始めた若だんなと、頼りになりそうでどこかズレてる妖たちが大人気の「しゃばけ」シリーズ第7弾、今年もいよいよ刊行です!

ISBN:978-4-10-450709-2 発売日:2008/07/31


| 1,470円(定価) |
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いっちばん
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2
「若だんなは栄吉さんが三春屋を離れて、寂しいんですよぅ」
「松之助さんも、嫁御と新しい店に行ってしまったし」
「だから、我らが慰めなくては」
「だからだから、若だんなの為に、お菓子を一杯用意しなきゃ!」
日が暮れ、庭が白い月明かりに満ちた頃であった。長崎屋の離れでは、若だんなが早々に休んで、一旦明かりが落とされている。仁吉と佐助もそれぞれの部屋内に引っ込み、静かな夜がやってきていた。
しかし休む者ばかりではなかった。戸を立てきった離れの居間には、江戸に住まう数多の妖達が顔を出していた。鳴家達が、若だんなの元気がないと言い立てたので、集まってきたのだ。
妖であれば、暗くとも目は見えるものだが、古き屏風の付喪神である屏風のぞきが、律儀に行灯へ火を入れる。僅かに揺れる明かりの中に浮かびあがったのは、長崎屋の離れでは馴染みの面々であった。
鳴家と屏風のぞきは、長崎屋に住まう妖達だ。その横にちょこんと座っているのは、鈴彦姫という名で、物が百年の月日の果てに化した器物の妖、付喪神の一人だ。
隣にいるのは、すり切れた僧衣姿の妖、野寺坊と、錦の振り袖をまとった小姓姿の獺で、その向こうには蛇骨婆が顔を見せている。猫又のおしろ、若だんなの印籠の付喪神が化した姿であるお獅子も加わって、部屋は一杯であった。
行灯の仄かな明かりの中、犬ころが大福餅を食べてしまったので若だんなが可哀想と、鳴家達が言い立てる。するとそれを聞いた屏風のぞきが、口元をぐっと歪めた。
「小鬼達が言うように、若だんなを慰める品を用意するのはいいんだよ。松之助さんが分家する時の贈り物だって、結局我らは用意できなかったしさ」
それに、苦い薬湯ばかりを若だんなにあげる仁吉や佐助と違って、他の妖達は優しい。もっと若だんなが喜ぶ、良い物をあげるのだと言い放った。
「たださ、そのための品が菓子というのは、上手い話じゃあないよ」
小鬼達の考えつく贈り物というのは、とんと的を射ていないと言う。
「菓子くらい、この離れにはいつだってあるじゃないか」
ところがこの言葉に、野寺坊が悲しげに答えた。
「そうでもないぞ、屏風のぞき。見ろや、今日は菓子の木鉢が空っぽだ。茶筒にも珍しく、何も入っておらんわ」
せっかく長崎屋に来たのだから、甘い物でも食べたかったのにという言葉を聞いて、屏風のぞきが切れ長の目をつり上げる。
「そりゃあ鳴家達が食べてしまったんだろうさ。おい小鬼、若だんなの為じゃなく、己達が食べ足りなくて、菓子が欲しいと言ってるんじゃないだろうね」
勝手なことをしたら、仁吉や佐助にがつんと打たれるぞと言うと、鳴家とお獅子が揃って屏風のぞきに向かい唸った。
「若だんなに食べてもらう、とっときのお菓子を用意するんだよぉ。屏風のぞきはぐうたらだから、若だんなに何かあげるのが面倒くさくて、あれこれ文句を言うんだ!」
ぎゅいぎゅい、ぶにぶに、かしましい。
「何だと! あたしは若だんなに、もっと別のものがいいと思っただけさ。そうだね……そろそろ春画の一枚も、持ったらどうかな」
千年を越える時を生きてきた二人の兄や達から見れば、若だんなは赤子同然なので、小さい子供のように甘やかしている。しかし人であれば、そろそろ大人への一歩を踏み出して良い年頃であった。
ところがこの屏風のぞきの言葉に、異を唱える者がいた。鈴彦姫だ。
「何だかどっちも、若だんなが本当に欲しい物には思えないわ」
鈴彦姫は、己だったら根付けを渡すと言い出した。若だんなは、一番大事にしていた蒼いビードロの根付けを紙入れに付け、兄、松之助への婚礼祝いとして贈っている。
「長崎屋のご両親は甘くて甘くて、その上とっても優しいから、若だんなは他に幾つも根付けを持ってるけど」
だがここいらで妖達から、一番のお気に入りとなるような根付けを贈るのも、面白いかもしれないと言うのだ。
いやこの際、根付けの付喪神などがいれば、その者を贈るのが良いだろう。ちなみに己は鈴の付喪神だからして、小さい鈴の形に直して貰えば、若だんなの懐にいつもいることが出来るかもしれない……。
ところが、これにも反対する意見が出た。
「やだよ、若だんなの懐は、我ら鳴家のもんだぁ!」
「どうして春画より根付けが必要なのか、とんと分からないわな」
鳴家と屏風のぞきと鈴彦姫が、眉間に皺を寄せ、顔を突き合わせた。そこにお獅子が吠えたてる。
「春画じゃお腹が一杯にならないよぉ! きゅんいー、お、か、し!」
鳴家達は山ほど姿を現すと、吠えるお獅子と一緒に、菓子、菓子と騒ぎ出す。
「鈴彦姫、根付けなんて、もう余るくらいあるじゃないか!」
色っぽい話がいいと言う屏風のぞきには、猫又のおしろと蛇骨婆が加勢した。
「お菓子なんて、珍しくもないですよ」
鈴彦姫の背後からは、野寺坊と獺が応援の声を上げる。
「お菓子、菓子、かし、かしかしかしかし!」
「うるせえっ、食い気より色気だぁっ」
「先々まで残るものが一番ですってばっ」
気が付けば妖達は皆で、菓子と春画と根付けのどれが贈り物としてより優れているか、言い争いを始めた。それぞれの声が、段々と大きくなる。向き合って互いに眼を見開き、一歩も譲らない。
じきに、うんざりした屏風のぞきが、こう言い出した。
「じゃあそれぞれが良いという品物を用意して、競おうじゃないか」
若だんながどれを喜ぶか、実際に見てみるのだ。
「きゅわきゅわ」
「いいわよ」
皆が大声で諾と言った、その時!
襖がさっと開いた。そちらを振り仰いだ妖達が、一寸にして身を固まらせる。目の前に兄や達の恐ろしい顔が二つ、並んでいたのだ。皆、影の内に逃げ込むことも出来なかった。
「うるさいっ。何時だと思っているんだ。若だんなが眠れないじゃないか!」
低く押し殺した声がしたときには、妖一同、仁吉と佐助から拳固を食らい、畳にひっくり返っていた。

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