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新潮エンターテインメント大賞

主催:フジテレビ・新潮社 発表誌:「小説新潮」

 第8回 新潮エンターテインメント大賞 受賞作品

白い夢

※「紅葉街駅前自殺センター」に改題

光本正記

 第8回 新潮エンターテインメント大賞 候補作品

 白い夢※『紅葉街駅前自殺センター』に改題 光本正記
 鯖がぐうと鳴いた 萩原正人
 魔術師の庭、きれいな小石 川中河
 青い衝動 山田一成

選評

畠中恵

畠中恵ハタケナカ・メグミ

期待を込めて

 今回、初めて新人賞の選考をする事になった。寄せられた投稿作は何度も読まれ、真剣な討論がなされた上で選ばれることを、実感として知った。
 選考するにあたり願ったのは、作家として続けてゆける人に、出て欲しいということだ。文学新人賞は多いが、最近単行本の初版部数は随分減っている。次の一本を請われる作家の登場を期待して、読ませて頂いた。
 今回の四本だが、不思議とあれこれ、重なる部分が多かった。お笑いに関する話が二本。自殺を大きく扱ったものが二本。ファンタスティックな話が二本であった。
『青い衝動』これは読み始めた段階で、少し驚いた。純文学で見られるような、長く切れない、己の事を語る文が延々と書かれていた。
 何ページかに渡ってこの書き方を続けていたので、エンターテインメント大賞と銘打った賞への投稿ではあるが、この作品は純文学を目指したものなのかとも考えた。
 ところが、話が具体的なお笑いの世界へ入ってゆくと、段々とセンテンスが短くなり、読みやすいものへと変わっていった。章できちりと分けられたものではなく、徐々に移っていった故に、筆に流されているような感じを受けた。そして一旦読みやすくなった文体は、作品の最後にきてまたなんとなく、最初の頃のように長いものへと変わるのだ。
 中間部分で書かれていたのはお笑いの世界で、作者は精通しているらしく、説得力があり引きつけられた。ただ全体を通してみると、エンターテインメントを書きたいのか、純文学を目指したいのか、ぶれている気がした。
 自分がどういうスタンスで書くか、書き始める前に整理しておくべきではと思った。
『魔術師の庭、きれいな小石』この作品には、二つの話がある一点で交わり、それが物語を動かすという、面白い仕掛けがあった。
 だが出だしは、二つの異なった話が始まる上、一方の話は時間が前後する為、いささか分かりづらい。二回目以降に読んだ時の方が、より面白い一本であった。
 しかし読者が書店で本を選ぶ時、話の全体を把握してから買うということは、まずない。自分は頭の中で心得ている作品世界だが、読者はまだ知らない。その事を、考えてみて欲しい。
 それとこの話で大きく引っかかったのは、物語の構成だ。ラストに向け、話が一番盛り上がるべきところで、主人公が語り手に、己の事や今に至る事の次第を、ひたすら語っているのだ。おまけに主人公の魔術師が、ラストへ行き着く前に亡くなってしまう。
 アイデアは面白かったが、その点に寄りかかってしまった作品かなという気がした。
『鯖がぐうと鳴いた』これも『青い衝動』と同じく、お笑いの世界を書いた話だ。出だしが一番上手くいっていたのは、この話ではないかと思う。
 登場人物の数は多いが、上手く書き分けていたし、著者自身が良く知るお笑いの世界について、読み手に興味を持たせるよう書く事が出来ていた。途中までは、この作品が賞を取るかもと考えていた。
 ところが、ラストへ向け話を盛り上げてゆくべき辺りから、段々と話をコントロールしきれていないような、妙な感じになってくる。病故に、主人公に危機が訪れるのだが、それが物語を動かしていない。他の者から無理するなと言われ、主人公が承知すると、それで何とかなってしまうのだ。
 最後に向け、話に出て来たのは皆良い人で、全部が何となく、そこそこ上手くいき、落ち着きどころがあって……何か妙に甘い、都合の良い話となってしまった。この話の入りならば、物語を色々盛り上げる事が出来たと思うだけに、惜しいという気がした。
『白い夢』こちらは『青い衝動』と同じく、自殺を扱った作品だ。公的に自殺を補助する施設“紅葉街駅前自殺センター”というものが、作られている世界の話だ。このセンターは現実には無い物だが、今、自殺者が多い日本の現状を考えると、ひょっとしたら出来るかもしれないと思わせるものがある。そして地域密着な名前も、リアリティーを醸しだしていた。
 不可思議な夢の訪れと、自殺願望のある主人公が、自殺へ向けて進んで行くところが緊張感を生み、四作品中一番、一本の作品として力強いのではと考えた。だが、気になる点もあった。ラストがやや唐突で、主人公がどうなったのか、分かりづらいのだ。
 主人公と敵対する登場人物の事を含め、読み手にしっかり伝わるラストを書けたら、面白さが増すだろう。
 四本を比べると、やはりこの作品、『白い夢』が一番、きちんとエンターテインメントとして、読者を楽しませようとしている気がした。これから、更に面白い一本を書いてくれるだろうという期待を込め、『白い夢』を受賞作に推した。

選考委員

過去の受賞作品

新潮社刊行の受賞作品

受賞発表誌