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作品名 作者名 コメント
母の一分 藤田佐知 娘の中でわだかまっていた母への嫌悪や理解しがたさのようなものが物語の終盤で落としどころを見つけられた、その物語運びが温かくてよかったです。ただ全体的に様々なエピソードが盛り込まれ過ぎた結果、一つ一つがあっさり終わったような物足りなさもありました。物語を書く上で、この主題を描くのにふさわしい場面というのを今以上に厳選していくことで、さらに良い小説を書くことが出来るのではないかと思います。
北条ゆり 応募作ということを忘れて作品に入り込み、漂う不穏な空気にハラハラしながら読みました。主人公の語りが非常に巧みで、認知症なのか、単に忘れっぽいだけなのか、微妙なところをうまく書いていると思いました。作中で読み手が持つ違和感を綺麗に回収するラストも美しく、よく練られた構成だと感じます。今後、ご自身とは遠い年齢の人物を主人公にした作品も読んでみたいです。
どうしようもなくにやけた日々 川上寿月 出だしの印象は「飲んだくれ女性の話かな?」でしたが、物語が進みだすにつれ、恋人との在り方、結婚について、その奥の「家族」のこと……と、読みやすい軽妙な文章でじわじわと深いテーマが見えてくる作品でした。最後まで一気に読めました。自分の意識と相手の意識の些細なズレなど、日常の息苦しさが丁寧に書かれていたと思います。欲を言えば、もっと意外なフックや、驚きのような要素が盛り込まれるようになると、いっそう魅力が増すと思います。
居候を一匹 江花佳華 「まるで少女マンガですよね」という意見が、社内選考でありました。そうなんです、こんな幸せなこと絶対起こらないよねえと理性では思うのですが、それでもこういう世界が世の中のどこかにあったらいいなと思わせてくれる作品です。降ってわいたような幸福に浮かれまいと自分を戒める主人公の振る舞い、決して良いことばかりではなかった初めての恋、ずっとひとりで誠実に生きてきた主人公を応援したくなり、票を投じました。
ボルチオ 池崎みなみ 自分で自分の狂気が手に負えなくなりつつも、どうにか淡々とやり過ごそうともがく主人公が儚く、胸が痛みます。グロテスクなまでに闇に呑まれていく様は賛否が分かれるところだと思いますが、読み手だけが本当の彼女の目撃者となり、巻き込まれていくような感覚がありました。
夜の穂 橘 佑佳 曜子と実の母子関係がとても清々しく微笑ましく書かれていて、主人公である曜子のキャラクターにとても好感を持ちました。曜子が後輩の美沙と食事をするときのセリフのやり取りや、そのときの曜子の心情描写も、美しくもドロドロもしすぎないところにリアルさを感じました。一歩間違うと説教臭くなりそうなストーリーですが、登場人物を丁寧に描写することで爽快な小説に仕上がっています。
SNSとダブルベッド 鳥澤亜也乃 亮介の印象的な一言に、思わず納得! ゲスなのにするどくて、どこか魅力的な亮介の存在が良かったです。彼の目線から描かれる物語も連作で読んでみたくなりました。美咲と純也の危うい関係は、ハッピーエンドかと思いきや、未来への不安が透けて見えるエンディングで、作者がそれを意図したのだとしたらとても上手い。文章もきれいで読みやすかったです。
羽なしヒナ子の行くところ 村田羊子 書き出しの一文が、シンプルだけども強烈で、一気に作品世界に引き込まれました。全体を通して、目の前に光景が浮かぶような、とても鮮やかで丁寧な描写。一見、暗示的で不思議な物語なのですが、魅力ある登場人物たちと、柔らかいけど個性の光る文章がくせになり、何度も読み返し反芻したくなります。余韻のあるラストを含め、印象的なシーンがいくつもありました。
花になる 水野 瑠見 主人公の現在進行形のコンプレックスと、お祖母ちゃんの過去とのリンクのさせ方がとても自然で好感が持てました。お祖母ちゃんのキャラクターと言葉には淡々とした味わいがあり、女として生きることの息苦しさ、という平凡に陥りがちなテーマを彼女の存在により、しっとりじっくり読むことができました。そしてラストでは、主人公を素直に心から応援したくなりました。
おっぱいララバイ 渥 ゆ史か このタイトルで主人公がフィギュアに傾注する中学3年男子となれば、思春期の悶々とした思いが綴られるかと思いがち。ところが、彼を取り巻く人々との予想外の展開に驚かされます。淡々と描かれながら、友達や恋愛や家族との距離感が見事! 鏤められた伏線が「おっぱい」というテーマに向かっていく心地よさを堪能しました。
月と林檎 伊藤万記 肩を痛めた女子野球のピッチャー、早希。失意の彼女は、美術教師の塔田が自分のことを描いたスケッチを偶然目にして……。まっすぐな性格の早希と、心に深い闇を抱える塔田先生とが、絵によって繋がれていく展開が滑らかでセクシーでした。モチーフの使い方も効果的で、手触りや音、においが文章から感じられる、とても繊細に構築された作品です。
糸ちゃんとの夏 葉ノ月 都 大きな事件は起こらずゆるやかに、けれど確かに進んでいく物語はまるでロード・ムービーを見ているかのような心地よさ。糸のキャラクターも新鮮で、今の時代ならではの、素敵な「親戚のおばさん」像を描かれていました。ただ、展開に大きな起伏がないことで、主題をあやふやにさせているとも言えます。次回はより骨太な主題を選ぶか、もう一歩工夫ある文体に挑むなど、まだまだ挑戦していっていただきたいです。
人工乳腺の憂鬱 七尾小唄 なぜそこまで、“胸”というものに執着をみせるのだろう。しかしながら、彼女の“胸”に対する哲学には思わず納得させられてしまうような何かがあります。自分にとっての“胸”はなんだろうか、と思わず考えてしまいました。主人公が世間を斜めに見ながらも、どこか徹し切れていないところが面白かったです。
ルート55 白尾悠 専業主婦の自分と、独身バリキャリの女友達。男からもう対象としては見られない自分と、若くて美しい女の子。加齢と女の人生という身近なテーマを丁寧に描いた作品でした。大きな展開はないけれど、会話文が絶妙で、読んでいてすっと心に入りこんできます。ささやかなユーモアと穏やかな余韻が残りました。
アクロス・ザ・ユニバース 白尾悠 父からの抑圧に耐える智佳と、デートレイプをされた優亜。智佳は行き掛かり上、優亜の元彼を懲らしめることになります。その方法には少女たちの幼さと懸命さが現れていて、面白い。ただ、最後に智佳のとる行動の意味が伝わりにくく、独りよがりな終わり方に評価が分かれたのが惜しくもありました。
ストーム 畑下香住 江口のおばちゃんの不在の理由が明かされるシーンは、衝撃こそあるものの全くいやらしさがなく、菜実の日常に彩りを与えてくれる素晴らしいサプライズそのもの。読後、登場する人皆の幸せを心から願ってしまう、そんな力がありました。すでにトライなさっているかもしれませんが、ぜひ長編にも挑戦してみてほしいです。
お加代の縁談 有咲 結 賞の選考ということを忘れ、楽しく読みました。心地よい文章のリズム、軽快な物語運び、頭の中に映像が思い浮かぶようなリーダビリティ、それぞれに愛嬌がある登場人物たち。どれも、多くの読者に支持されそうな要素です。主人公のお加代は、「お転婆すぎて嫁の貰い手が……」という既視感のある設定ではあるものの、読んでいて思わず応援したくなってしまう女の子でした。今後は、ややありがちな設定や展開に、ひとさじ「著者ならでは」の新味が加わると、さらによくなるのでは。ぜひ他のお話も読んでみたいです。
ハルコさんの、日常と1泊2日。 カコ 何にも起こらないお話、と言ってしまえばその通りなのですが、ひょうひょうとした文体と、主人公のキャラクターに惹かれました。主人公のハルコさんの身の回りにあるもの=物語にたくさん出てくる固有名詞が、特殊能力という非現実的な設定にリアリティを与えています。こういう人に会ってみたい、そして私も癒されたいと思わせる作品でした。
あおい寄る辺 貴田しな 葵の人格に非常に奥行きがあり、その魅力にひきこまれるように読み進めました。中盤までとても生き生きと展開していきましたが、肝心の洋食店での再会から「おめでとう」という台詞にいたるまでの、加奈子の心理模様がいまひとつ伝わらずもどかしかったです。それに伴って物語の閉じ方がいささか粗い印象。今、このときに、この題材を選んだということにある種の共感と応援の気持ちで拝読しました。今後はぜひ、最後まで考え抜くことも意識してみてください。
動物園の飼育員さん 高槻とうや タイトルからして、何?と思ったら、医大生の合コンの話でした。着飾った合コン女子の薄っぺらさがよく描けているし、不真面目男の佐伯が、不器用な新木に惹かれていく様子が面白い。医者でもある大人の男が、初対面の女性(実は研修医)に心揺さぶられ、自分の嘘をいつ告白しようかとうろたえる様子には、これから始まる物語の初々しさを想像してわくわくしました。どこにでもありそうな設定の、物語以前の物語に、小さな謎と波乱を持たせながら引っ張っていく手腕はなかなかのもの。