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作品名 作者名 コメント
奮い立つために 遍在ちゃん 小学校三年生の少年と祖父、そして祖父の恋人との交流を描いた作品。人生の中で、誰でも一度は出会うであろうかけがえのない時間と、振り返った時に感じるその尊さが詰まっている。少年と母親、祖母という組み合わせの小説はよく見かけるが、祖父、はたまた祖父の恋人という設定は斬新で、その関係性には興味を惹かれた。
クライ 佐藤綾希子 文章がとても綺麗で、まずそこにひきこまれました。未来のない女性同士の恋愛の話でありながら、こと女性同士に限らず、行き場のない普遍的な感情を描いて美しい。それに比べると、夫の描写などはややステレオタイプな表現も見受けられるように思いました。とはいえ、人の心の柔らかい部分を揺さぶることのできる作品だと思います。
マーチ 山田夢 自分を「かりもの」呼ばわりした名物編集者・原島マキを見返すため、主人公が執念で挑んだ女のバトル。谷中の小料理屋を舞台に繰り広げられる丁々発止のやりとりの末、“ただの女”だったマキが主人公に放った「ほんものになるために必要な、たったひとつのこと」とは――。小気味よいテンポで進んでゆく展開とともに、傷つけあった女ふたりの間にラストで訪れるある種の和解が、すがすがしい読後感を与えてくれました。
越境 座波亜基 「女子高校生同士の淡い感情のやりとり」というすでに手あかが付きまくったテーマを、ここまで清冽に、気持ちよく書けるのが素晴らしい。居合のシーンをはじめとする描写の美しさと、安易に答えを出そうとしない著者の態度がそうさせるのだと思います。タイトルはもう一工夫欲しかった。
You Can Use My Car 礼夏 主人公がおじの夏樹くんをずっと思ってきたということ、勝也がそれに勘づいてしまったから出て行ったのだということが、直接そうとは書かれずともこれでもかと伝わってきて、胸が苦しくなりました。主人公が最後にやっと「私はずっと、隣に夏樹くんが欲しかった」と自らの気持ちを認め、胸の痛みとともにその思いに区切りをつけて、一歩踏み出すというほろ苦くも前向きなラストに、拍手を送りたいと思います。
子うさぎたちの結託 沢村基 子供の弱さに付け込んだ教師の狡猾さを、大人になり客観視できても、それが今も自分を苦しめるトラウマだとは認めたくはない。そんな繊細な感情を、感傷的ではなく冷静に描いています。ただ、主人公の脆さである母親との関係が、現在はどうなっているのかの言及も欲しいです。ラストはスポットライトに照らされたような爽快感がある一方、例えば視点を切り替えずに、復讐をしても残り得る心の傷に最後まで寄り添っていくと、この主題の物語として更に深まるようにも思いました。
卒業旅行 宮島ムー 文章が上手で読みやすく、構成も、省く部分と書き込む部分のバランスがよかったと思います。何度フラれても片思いし続ける〈わたし〉も、それをずっと断っていながらも最後の最後に旅行の誘いに乗るやっちゃんも、なんだか愛おしく感じられました。書きようによっては「しつこい女性」「自分勝手な男性」になるかと思うのですが、そう思わせないのは筆力ゆえだと思いました。
コンチネンタル・ブレックファスト 畑下香住 登場人物たちが、それぞれの置かれた状況のシビアさを感じさせないくらい、いきいきと魅力的に描かれていました。会話文のテンポもよく、リアリティがあり、主人公たちの日常の中に自分も立っているような感覚になりました。ほのかな希望の見えるラストは最高の読後感で、登場人物ひとりひとりの過去や、この物語の後日談も読んでみたいと思いました。
アップル・デイズ 山本 渚 転勤族家庭の母娘が、地方の古い日本家屋に住むことになり、それまでと全く違うライフスタイルに馴染んでいく物語。土地の暮らしの手ほどきをする隣家のお婆さんや娘の同級生男子が魅力的。そして、母の変化のさせ方、時間の進め方、ささいなエピソードの取り上げ方も巧みで、開け放った日本家屋に風が吹き抜けるような気持ちの良い物語に仕上がっている。
蝶々むすび 畑下香住 文章の運び方に天性のセンスを感じました。人物に奥行きがあり描写が繊細で、ゆるくてどうしようもない、生きている人間たちが浮かんできました。短い枚数の中で読者への驚きも用意されていて、構成の完成度も高かったです。ネタバレになってしまうため深く書けなかったかもしれませんが、主人公の性的な欲望にもう一歩踏み込めていたら、この切なさがより生々しく切実になっていたように思います。
森のかげからこんにちは 中津川てん 読み始めはそこまで起伏のないまま進む話なのかと思いきや、読み進める内に全く違う光景が現れて驚きました。たくらみに満ちた構成と淡々とした語り口のバランスが絶妙で、どこかユーモラスな雰囲気が漂うところも素敵でした。情報の開示のタイミングも丁度良く、読んでいてストレスを感じさせません。小説ならではの楽しみ方の許された作品で、読んだ人と感想を話したくなります。
猫と暮らせば 長谷川未緒 文章のテンポが良く、大変読みやすかったです。淡々とした文体ながら、会話文でそれぞれの登場人物の性格やキャラクターなどが表現されていて、書かれていない部分の物語を想像させるところもあり、技術の高さを感じました。ただ、姉に対して主人公のキャラクターがやや弱く、彼自身のエピソードをもう少し加えても良かったのかなと感じました。
あなたが合コンへ行く件について 北条裕子 妻は、三日に一度ぐらいの頻度で、浮気を報告する夫をなじる手紙を書く。けれども夫は独白する、自分は潔白なのだと。そして、妻との奇妙な関係について語り始める――。意外な展開とシビアな描写で読者を惹きこみ、ラストはかすかな希望すら感じさせてくれる不思議な作品。「夫婦」とはあらゆる人間関係のなかでも最も複雑で、その幸せは千差万別なのだ、と思い知らされる。