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「私」のための物語

作家 芦沢央

「十二国記」シリーズにまつわる思い出は、本当に書ききれないほどたくさんある。

 中学生の頃に最初に読み、広瀬や坂田の人物造形に衝撃を受け、物語の裏側に存在する世界の途方もない広がりに愕然とした『魔性の子』、通学電車から降りても読むのを止められず、駅のホームで読み続けて学校に遅刻した『風の海 迷宮の岸』、『月の影 影の海』は陽子から自身のペンネームをつけるくらい大好きだし、『図南の翼』はもう何度読み返したかわからない。

 いや、正確にはどの作品ももう何度も何度も読み返していて、そのたびにそれぞれ何枚もの感想が書けてしまうくらい心を揺さぶられているのだ(実は、思いあまってそれを小野先生に送りつけてしまったことさえある)。

 とてもではないが、この文字数ではすべてを語り尽くすことはできないので、ここは涙を飲んで一冊に絞ることにする。

 私の人生を変えた本、『華胥の幽夢』だ。

 人にされて嫌なことをしてはいけません、相手の立場に立って考えましょう――そんな幼い頃に受けた教えを、私は長いこと絶対的に正しいものだと信じ続けてきた。これさえ守っていれば大丈夫だというお守りか何かのように。

 だが、やがて高校生になり、そのお守りが万能ではないことに気づき始めた頃、私はこの本に収録されている「華胥」と出会ったのだ。

 愚策を続ける前王を糾弾して民の支持を得、自身が王に選定されてからも国土の建て直しに全力で取り組んできた王が、それなのに直面する国の危機。道を誤った前王とは違う道を進めば間違いないと信じ、信念の通りに邁進してきたはずなのに、なぜ――

 私自身強い疑問を抱きながら読み進め、そして、物語がある一文に辿り着いた瞬間、大袈裟ではなく世界がひっくり返るような衝撃を受けた。

 これは、私だ、と思った。

 これは、私のために書かれた物語だ、と。

 私は、人のことを考えているつもりでいながら、相手にも相手なりの意図や理想や欲求や正義があることを想像してみることはなかった。ただ、自分の思考に相手を当てはめていただけだった。

 それまで見えていた世界が、すべて崩れ落ちた気がした。私が今まで見てきたものは、何だったのか。

 今からでも知りたい、そして今度こそ、とことん考え続けたい――これが、その後大学で史学科に進み、やがて作家になった原点だ。

「私のために書かれた物語だ」という思いを、おそらくたくさんの人がこのシリーズに対して抱いてきたことだろう。だからこそ、これだけ長い間多くの人に愛されてきたに違いないこのシリーズに、また新たな作品が生まれることが、心の底から嬉しくてならない。

yom yom vol.58 2019年10月号より)