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パズル、ダイスキ

 子どもの頃、ジグソーパズルが特段好きだったという訳ではない。しかし、手元で何かをちまちまとするのは昔から好きだった。大きめの柑橘を剝いて並べること(特に好きなのは(ぶん)(たん)(ばん)(ぺい)()だ)、餃子を包むこと、ノートを丁寧に書き込んでまとめること……一見ジャンルはバラバラだけど、私の中では同じカテゴリーだ。テレビゲームでも、「牧場物語」シリーズのような畑を耕して作物を収穫してまとめるような内容のものがなんだか楽しかったり、一見単純作業にしか見えない地味なものでも、少しずつ、しかし確実に積み重ねていく、目に見える達成感がなんとも心地よい。
 大人になってからジグソーパズルを始めたのは、2020年、コロナ禍でだった。ステイホーム、家で過ごす時間が増えた時に、家の中で楽しめるもの……というのでなんとなく買ったのだ。本当になんとなくだったので、どのパズルを買ったかすら思い出せないくらいだけど、夜、子ども達が寝てから少しずつやるようになった。
 子連れの家族同士集まって泊まる時に、一度寝かせた子ども達を大きな話し声で起こすわけにはいかない。そんな夜には、ボソボソと小声で話しながら楽しめるパズルがもってこいだ。パズルは山登りやゴルフに似ていると思う。「あの坂がきつかったけど、よく登ったよね」「あの景色綺麗だったよね」「あのショットはなかなかのものだったよ」クリアしたパズルを前にすると、「この部分難しかったよね」「ここよくやった!!」など一緒に組み立てた記憶も思い出される。
 画面全体が青と白と茶で構成されていて、さらにピースの形の差異がほとんどなかったため攻略が困難だった名画、ゴッホの「花咲くアーモンドの木の枝」は、ランチョンマットやTシャツ、靴やカーテンなどあらゆる商品にプリントされていて、見るたびに「あのパズルで大変だったやつだ」なんて思い出す。いつかオランダのゴッホ美術館にある本物を見にいきたいとさえ思っている……お寺で写経を体験したときも、書き慣れない筆で書き慣れない漢字を丁寧に丁寧に1文字ずつ書いていくと、なんだかその漢字と仲良くなれたような気がしたのだけれど、美術館で目の前にしたとしても、せいぜい数分しか眺めないだろう絵が、パズルになると何時間も向き合うことになり、結果、特別な思い入れが生まれてくるのだ。ジグソーパズルの歴史を調べてみると、1760年ごろにイギリスの地図職人が作ったものが起源、と出てくるが、確かに地図をただ眺めて記憶するよりも、指先を動かしながらピースと睨めっこして作り上げていく方がずっと能動的で、地形が頭に入るだろう。
 意識してみれば、あらゆるところにジグソーパズルはある。お土産売り場や美術館、本屋におもちゃ屋、セレクトショップなど。子ども向け、大人向け、イラスト、映画のポスター、風景、アニメ……。素材も紙だけではなく、特殊なプラスチックでパチンとはまり、完成後の糊付けもいらずにそのまま飾れるもの。地球儀や建造物になる立体型。花瓶や小物入れになる実用的なもの。伝統的なものだと、職人が手作業で一つずつジグソー((いと)(のこ))でバラバラにしているという木製のタイプもパリで見かけた。
 私が好きなモチーフはどこかしらレトロな写真や地図。見かけるたびに「あ、これ可愛い」「やってみたい!」いつしか、家には「(つん)(どく)」ならぬ「積みパズル」のコーナーが存在するようになった。
 東京でもパリでも、暇さえあれば友達とパズルをしていた、ある時のことだった。
「そういえば、ジグソーパズルの世界大会って、あるのかなぁ?」
「調べてみよう。……あっ、あった! しかもスペインだって」

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 フランスとスペイン。隣の国だ。飛行機では2時間くらい……行けない距離では、ない。開催までは半年あり、まだエントリーを受け付けている。その時は日本から来ていた友人もいたので、「じゃあ、半年後、皆でスペインのパズル世界大会に行こう!」と盛り上がった。エントリーの手続きはネット上で簡単にできた。
 種目は個人戦、ペア戦、そして四人一組のチーム戦がある。チーム名は「PUZZLE DAISUKI(パズル大好き)」とした。海外でもYATTA(やった)! とかKAWAII(かわいい)! みたいに受け入れられている日本語も多いし、そのままの方がなんだか可愛いと思ったのであえてのローマ字だ。「とりあえずエントリーしとこ!」と、個人戦とペア戦まで申し込んだ。エントリーすると他の参加者の国や人数も見られるのだが、やはりほとんどがヨーロッパ圏で、日本は私達の他にやっと1チームいるくらいだった。日本チームといっても在ヨーロッパの人が半数以上だ。
 せっかく世界大会に出るのだから、練習しないと! と言いたいところだが、ひとたびパズルを始めると、頭がパズル一色になって、何もかもが疎かになってしまう危険性がある。完成せずにテーブルの上に出しっぱなしのパズルが目に入るたびに「1ピースだけ見つけてみよう」とか、何の気なしに覗き込んでみたら「あっ、ここにハマるのか!」といきなり閃いたりする。ちょっと時間を置いたり、夜と昼で明かりが変わると見える色が異なって、わからなかったものが急にできるようになったりするからだ。
 そんなこんなで、たいした特訓もせずにパズル大会の日を迎えることとなる。私は初日の個人戦から参加し、友人一名は後から合流するが、チームPUZZLE DAISUKIは四人中二人が参加できず空中分解、ペアも同じく。早くも暗雲が垂れ込める……。
 ジグソーパズル世界大会が開催されているのはスペインのバリャドリッドという都市だ。かつてスペイン王国の宮廷があったり、ヨーロッパの学校で歴史を学ぶと、少なくとも一度は授業で名前が出てくるような歴史ある街だそうだ。大航海時代の探検家、コロンブス(現地ではコロンと発音する)が亡くなったのもこの街だ。首都マドリッドまで飛行機で向かい、そこから高速鉄道で1時間ほどの場所にある。タパスにパエリヤ、イベリコ豚! ランチが13時から、ディナーは21時からがスタンダード、というのがさすがラテンの国! という印象だけれど、とにかくどれも美味しい。この街で世界大会は行われている!

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 会場となった施設では、白い球体状の天井から内部に日光が射し込んでいるのだけれど、この光源が分散された明るさが、ピースの反射を防いでパズルに適しているんだそうな。この世界大会はまだ4回めだそうで、数百人も集まる大きな大会なのに、どこかフレンドリーで温かい空気感だ。国やチームごとにおそろいユニフォームで来ている人達もいるし、ピアスや髪留めがパズルのピースの形をしていたり、皆本当にパズルが好きなんだなあと感心してしまった。そして主催者の方が「日本から来てくれたなんて嬉しい!」と喜んでくれて、私はなぜか現地メディアの取材を受けた。
 さらに「正式な記録には残らないけれど、人を募ってペアもチーム戦も参加できるようにしてあげる」と言ってくれた。私は、個人戦はもちろん、どの部門でも結果が残せるだなんて、はなから思っていない。参加して、制限時間内で完成できればそれで良いと思っていた。だから、なんとかその場に居させてくれたのは本当に嬉しかった!
 個人戦は制限時間90分で500ピースを1点。1位は30分ほどでクリアしていった。あり得ない……完成が近づくと審判がその人のところに集まり、完成が宣言されると歓声が沸き上がる。ペアは60分で500ピース。オーストラリアからの参加者の女性が私とペアを組んでくれた。複数人でやる場合、戦略が必要となってくる。
 どのパズルがお題として出されるかは「よーい、スタート」の掛け声がかかってからしか分からない。一斉に箱を開けてテーブルの上にピースを出しながら「外側の部分を担当します」「じゃあ私は空」「私は地面を担当します」など相談しあい、ピースを表の面にひっくり返したりしながら同時に仕分けもしていく。行き詰まってきたら座席を交換して、新しい視点から見たりすることもある。
 どこからどう組み立てていくのかという順序はチームによって異なる。チーム戦は1000ピースのパズル四つから二つを選んでいくので、「どの作品をチョイスするか」も戦略に含まれることになる。会場にはカメラが数台あり、ネット実況つきでライブ放送をしていたのだけれど(なぜか私はここにも呼ばれた……)、「あのチームは外枠から攻めてますね」「かたやあのチームは塔から! 難しい直線を先にやるのでしょうか」など、実況中継との意外な親和性があるのだと驚いた。とにかく試合然としているのだ。
 上位の人々の()(さば)きは見たこともないスピードだし、一生かかっても追いつけそうにない。それでも、他の人のテクニックを見られるのは興味深いし、この会場にいる全員がパズルが大好きなのだというのが面白かった。軒先で囲碁将棋をするように、辺りで大会関係なくパズルをしている人達、パズルを交換しあっている人達(組み立てたらまた箱に戻して交換すると、倍練習になるということらしい)、さらに面白かったのがチェスクロックを使って1ピースごとにスイッチを押すという遊びをしている人達がいた。完成するパズルは一つだが、出来上がるまでのタイムを競うというルールらしい。
 初参加の年、私はどの部門でも、時間内に完成にすらこぎ着けなかった。チーム戦は一つと半分。2年めは、1000ピース二つをなんとか時間ギリギリだが完成することができた! 結果として形に残せることはこれからもないだろうけれど、大会あるあるなのか、自分の中では大会でしかこのスピードは出せないと思う。自分なりに成長している、のかもしれない。
 大会参加者は老若男女幅広く、9歳の女の子もいた。チーム戦の練習環境に最適なのは住まいを同じくすることだと思う。私の子ども達がいつか、母の趣味に付き合ってくれる日は来るのだろうか。

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