夢も恋も甘くない。お菓子こそ、正義。
「おい」
声がずしりと、重くなった。
接客の態度が消え失せ、据わった日で未羽を睨みつけてくる。
未羽は思わず後じさった。
王子が逃すまいとするように前に出てくる。
背中に固いものがぶつかった。
壁に追いつめられた。
「......、......」
視界ぜんぶが彼にふさがれている。広い肩が照明を遮り、影になっている。
ずっと上からこちらを威圧的に見下ろす――息を飲むほど綺麗なまなざし。
未羽はパニックになりつつ、
――か、壁ドン!? 壁ドンくる!?
そんなことを連想する。
彼は動かない。
――こない!!
「お前、池上高校の生徒か?」
「......は、はい」
「絶対に言うなよ」
「ヘ?」
「俺がここで働いてること、誰にも言うな。絶対に」
......なんで? と未羽は思った。
「えっと......なんで」
言い終える前に彼の右腕が頬をかすめ――後ろの壁にバンッ! と手のひらがつく音がした。
――きた―――――っっ!!
「絶対言うな。わかったな」
凍えるほど冷たい表情で言う。
未羽は怯えた小動物の必死さで、こくこくっ! とうなずいた。
(1巻「ショートケーキ」より)