ホーム > 塩野七生『ローマ人の物語【電子書籍】』

 電子版刊行にあたって

 印刷用の紙を八つ折りにしたことから「オッターヴォ」と呼ばれた文庫版を最初に考え出したのは、五百年昔のヴェネツィアに生きたアルド・マヌッツィオでした。長い中世を通して書籍と言えば、人間がいちいち筆写した大型で重い本しかなかったのが一変し、小型本が普及するようになるのは、グーテンベルグによる印刷術の発明をいち早く企業化した、このヴェネツィアの出版業者によるのです。現代でもなおポケットに入る大きさという意味で「タスカーヴィレ」と呼ばれている文庫版は、このときから始まりました。
 なぜアルド社は文庫本を出版したのか。
 それは社主であるアルドが、大学生とビジネスマンに眼をつけたからです。学生は、大型本を買うおカネがない。ビジネスマンは、オリエントまでの長い船旅の間でも本は読みたい。ヴェネツィアの近くのパドヴァには大学があり、当時のヴェネツィア共和国はオリエントとの交易で繁栄する経済大国でした。文庫本を粋に胴衣にはさんで大学に向う学生や、船上で文庫のページをめくる交易商人の姿は、想像するだけでも愉しい。これも、文化文明を一般の人々にまで開放したという意味で、立派にルネサンスであったのでした。
 そして、もしもあの時代に電子書籍が出現したとしたら、アルド社はどう対処していたでしょうか。印刷技術の企業化で自社をヨーロッパ第一の出版社にしたアルド・マヌッツィオのこと。紙の書籍と電子書籍の双方ともを併行して出版していたにちがいないと思うのです。なぜなら、ルネサンス時代のビジネスマンたちにとって、船に持ちこめる荷物の重量をどうやれば軽減できるかは、常に頭痛の種になっていたからです。彼らならば、海外出張ともなれば必らず電子書籍を持って行ったのでは? これもまた、歴史でしか味わえない愉しい空想ではありますが。

二〇一四年・春、地中海のどこかで
塩野七生


※『ローマは一日にして成らず――ローマ人の物語[電子版] I』より。

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