ホーム > 書籍詳細:名前のない道

「漆のうつわを塗りつづけていると、言葉があふれてくる」

名前のない道

赤木明登/著

2,052円(税込)

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発売日:2012/06/22

読み仮名 ナマエノナイミチ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 A5判
頁数 159ページ
ISBN 978-4-10-302573-3
C-CODE 0070
定価 2,052円
電子書籍 価格 1,642円
電子書籍 配信開始日 2012/12/14

輪島在住の漆作家が、器とは、美とは、世界とは何かを、深く静かに思索したエッセイ。奥能登の海山にかこまれて家族と暮す日々を綴り、ときに旅先、記憶の情景を描く。根来塗、茶の湯、春日大社、伊勢神宮、メムリンク、松田正平、ロスコの絵……。「これから僕が語ろうとしていることには、まだ名前がつけられていない」

著者プロフィール

赤木明登 アカギ・アキト

塗師。1962年岡山県生れ。中央大学文学部哲学科卒業。編集者を経て、1988年に輪島へ。輪島塗の下地職人・岡本進のもとで修業、1994年独立。以後、輪島でうつわを作り、各地で個展を開く。著書に『美しいもの』『美しいこと』『名前のない道』、共著に『毎日つかう漆のうつわ』(いずれも新潮社)など。

ぬりもの 赤木明登 (外部リンク)

書評

波 2012年7月号より 新しくて普遍的な

木内昇

数年前、雑誌の取材ではじめて赤木明登さんにお会いしたとき、彼は自身の作り出す漆器についてこんなふうに語ったのだ。
「僕の器は昔からあるものの写しなんですよ」
とてもさらりと、なんの気負いもなく。穏やかに微笑む赤木さんを前にして、けれど私は少し戸惑っていた。もの作りに携わる人は誰しも、何よりもまず自分の個性を打ち出すことに腐心するものだと思い込んでいたからだ。多くの人々が「赤木明登の器」を求めて個展に足を運んでいる状況と、「写し」と言い切る赤木さんのスタンスとが噛み合わない気もして、不思議な印象を抱いたのである。
この取材から確か一年ほど経って、私は本格的に小説を書くようになった。最近になってようやく、このときの赤木さんの言葉を理解できたような気がする。
「僕の手の内にあった椀は、確かに僕の作ったものだけれど、それは僕の作ったものでなくてもいい。時間を過去に遡ることによって、僕は僕を消していくことができる。僕個人を消し去ることによって、うつわは大きく深いものになる。」
大変おこがましいけれど、私の小説との向き合い方もこれに近い感覚がある。文章からチラとでも作者の顔が覗けば、小説世界は一遍に色褪せてしまう。だから書く段、懸命に自分をなくしていくのだが、その過程のいかに困難であるかを、私はただいま身につまされている。
『名前のない道』は、赤木明登という塗師(ぬし)の、器作りに向かう姿勢と考察がぎっしり詰まった一書である。時に自らに問いかけ、また折々に漆職人の福田敏雄、武者小路千家の千宗屋、木工の三谷龍二といった人々と語らい、画家の松田正平や師でもある漆職人・角偉三郎など今は亡き人の作品に触れながら、赤木さんは探究を続ける。内に深く掘り下げながらも、外に向かって開いている自在な思索や視線があの器に繋がっていくのか、と得心がいく。とても美しいけれど、床の間に飾って観賞するのをよしとしない器。色や形を眺め、手触りを楽しみ、香りや音を感じて――と、五感に訴えかけるもの。それでいて、「これぞ美だ」と居丈高に押し付けてくることなく、日常を愛おしく豊かにする器。
「器と車は似ている」と赤木さんは言うのだ。「だって、道具としての機能が全く同じではないか」と。確かに器は食べ物を運ぶ。
「さらに、車にとって、器にとって、最も重要なことがある。それらの道具を使う人との一体感だ。」
「器とは、潔く官能的で、かつその存在を消し去る、いや自らの身体と深く交わるものなのだ。果てしない夢になるが、僕もそういう器を作りたいと願う。」
奇抜なもの、斬新なものを作ることは、それだけであればさのみ難しくない。そのものが普遍になり得る力を持ち合わせているかが要なのだ。赤木さんは軽やかに「写し」と言う。だがその実、遥か昔から連綿と続く職人たちの技や心をしかと汲んで、それを一段深くして、自らの手を通してすべてをひとつの器に昇華するような、とてつもないことに挑んでいるのではないか。赤木明登の器が、はじめて手にした瞬間から、まるでずっと以前から身近に存在していたように馴染むのは、それがいつの時代にも通用する普遍性を宿しているからなのだと思う。
赤木さんのしていることは、たぶんとても新しい。だがこの新しさは、単に特異さで目を集めるような一過性のものではない。誠実に本質的な創作を続ける赤木さんの「名前のない道」がどれほど強靱で美しいものであるかは、作り出される器がはっきり証している。未熟な物書きである私は、その様を心底羨んでいる。

(きうち・のぼり 小説家)

目次

まえがき
犬馬難し
失われた感覚
世界のリアリティ
形のないもの
わたしの消失点
変わらないものと変わるもの
森に還る
生活工芸のまわり
茶と漆
祈るために
再会1
再会2
参考図版

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