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自分の葬儀が、絶望と悲しみに染まることのないように。そして、愛で満たされるように――。

陽気なお葬式

リュドミラ・ウリツカヤ/著、奈倉有里/訳

1,944円(税込)

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発売日:2016/02/26

読み仮名 ヨウキナオソウシキ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 204ページ
ISBN 978-4-10-590124-0
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,944円

舞台は1991年夏、猛暑のニューヨーク。亡命ロシア人で画家のアーリクの病床に集まる五人の女たち、友人たち。ウォッカを飲み祖国のクーデターの様子をテレビで観ながら決して平坦ではなかった人生を追想する。そして、皆に渡されたアーリクの最期の贈り物が、生きることに疲れた皆の虚無感を埋めていく……。不思議な祝祭感と幸福感に包まれる中篇小説。

著者プロフィール

リュドミラ・ウリツカヤ Ulitskaya,Ludmila

1943年生れ。モスクワ大学(遺伝学専攻)卒業。『ソーネチカ』で一躍脚光を浴び、1996年、フランスのメディシス賞とイタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞を受賞、2001年には『クコツキイの症例』でロシア・ブッカー賞を受賞した。また『敬具シューリク拝』でロシア最優秀小説賞(2004年)とイタリアのグリンザーネ・カヴール賞(2008年)を、『通訳ダニエル・シュタイン』でボリシャヤ・クニーガ賞(2007年)とドイツのアレクサンドル・メーニ賞(2008年)を受賞。他に『子供時代』『それぞれの少女時代』『緑の天幕』など。2011年、シモーヌ・ド・ボーヴォワール賞を受賞。2016年2月現在ロシアで最も活躍する人気作家である。近刊に『ヤコブの梯子』がある。

奈倉有里 ナグラ・ユリ

1982年東京生まれ。早稲田大学講師。専門はロシア詩、現代ロシア文学。訳書にミハイル・シーシキン『手紙』、リュドミラ・ウリツカヤ『陽気なお葬式』(新潮社)、ボリス・アクーニン『トルコ捨駒スパイ事件』(岩波書店)、アンドレイ・シニャフスキー『ソヴィエト文明の基礎』(みすず書房、共訳)など。

書評

この不思議な祝祭感

平松洋子

 いまだに不思議でならない。死を正面切って扱いながら、この祝祭感はどうだろう。行間から、カーニバルの喧噪や機嫌のいい笑い声さえ聞こえてきそうだ。ベッドに横たわっている男は、今しも息絶えようとしているのに。
 冒頭いきなり、意表を突かれる。うだるような暑さのニューヨーク、マンハッタン。クーラーが壊れっ放しのアパートの一室に五人の女が集まっているのだが……。
「シャワーはずっと使用中で、常に誰かが順番を待っていた。みんなとっくに服など脱ぎ捨ててしまっていたけれど、ワレンチーナだけはブラジャーをつけていた」
 目前にもりもりと迫りくる汗に濡れた女たちの裸体。なのに、傍らには「固まりかけの石膏のような」赤毛の髭面男が死の床についている。生と死の無残な対比であるはずなのに、どこか滑稽で、なにかが破格。いったいウリツカヤは死をどう描こうとしているのか。のっけから浮上する疑問こそ、『陽気なお葬式』に用意された最大の妙味なのだが、それは同時に、物語の奇蹟へと至る扉でもあった。本作が執筆されたのは、一九九二年から九七年にかけて。八〇年代から断続的に滞在したニューヨークでの見聞が物語の着想を与えたというのだから、興味はいや増す。
 マンハッタンに暮らす亡命ロシア人の生活の細部が、極めていきいきと描かれる。主人公アーリクは病院での延命治療を拒み、未払い家賃を何年も溜めこんだアパートへ戻ってきた亡命ロシア人画家。ロシアでもアメリカに渡って二十年過ぎても、あらゆる束縛から逃れ、鳥のように自由に生きてきた男である。しかし、人生の幕切れはやってきた。アーリクを愛した女たちは、「キリストに香油を塗りに来る」かのように集う。現在の妻ニーナ、昔の恋人、愛人たち(冒頭の汗みずくの裸体!)。ニーナは奇矯な女で、お金に決して触れず、料理嫌い、三度の自殺未遂、アルコール依存症、そしてとびきり美しい。かつての恋人イリーナは元サーカス団員、アメリカで弁護士として成功した変わり種。その娘、自閉症気味の十五歳のマイカが心を開くのは、アーリクだけ……めっぽう個性の強いロシア出身の女たちが次々に登場し、マトリョーシカのつるつるぴかぴかの頬っぺたなど思い出す。しかし、女たちから生命力を引き出し、輝かせているのは死にゆくアーリクなのだ。しかも、彼の周囲に起こる出来事はいちいち風変わりで滑稽だ。洗礼を授けるために神父が訪れ、そこへラビもやってきて、聖職者がまさかの鉢合わせ。しかし、テキーラやウォッカを酌み交わしながら哲学的な会話を楽しむはめになり、けっきょくアーリクは混沌のうちに宗教そのものを飲み込んでしまう。
 宗教、国家や政治の枠組みを超え、ボヘミアンとして生きてきた埒外の人生に、ウリツカヤは憧憬にも似た共感を表明する。また、自身がニューヨーク社会に対して抱いた違和感を亡命ロシア人の医者フィーマの胸中に重ね、こう語っている。
「彼を育ててくれた土地では、苦痛を好み、高く評価し、糧にすらしていた」
 医療の名のもとに痛みや苦しみを否定し、日常から覆い隠そうとする現代社会に、ウリツカヤは異議を唱える。死に寄り添わなければ、人間が拠って立つ大地を失ってしまう、と。
 ウリツカヤの描く死は、生の官能とともにある。生もまた、死とともにある。だからこそ、アーリクの死は朗らかで明るく、祝祭感を帯びるのだ。『陽気なお葬式』が祝福するもの、それは人間の尊厳である。私が感に堪えないのは、こころ震わされるのは、物語の母胎としてのウリツカヤの底知れぬ懐の深さである。
 物語が幕を閉じる直前、アーリクは驚くべき恩寵をもたらす。そのとき、私たちは知らされる。死は喪失の空白をも充たす、ということを。アーリクの愛人ワレンチーナが、カーニバルじみた会葬の群衆の前でロシアの古い民謡を歌い踊り、手足を打ち鳴らして叫ぶ。
「ウーッ アィアィアィ!
 俺のアイロンは熱くなり……」
 誇らしげに、堂々と響きわたる生命の雄叫び。『陽気なお葬式』は、ウリツカヤ渾身の寿歌である。私も、いっしょに歌いたい。ウーッ、アィアィアィ!

(ひらまつ・ようこ エッセイスト)
波 2016年3月号より

短評

▼Ludmila Ulitskaya リュドミラ・ウリツカヤ
愛する人の死――それは、誰もが直面する漆黒の闇。深い哀しみ、恐怖、絶望、受け入れたくない気持ち。だが生きとし生けるものは皆、死ぬ。けれども死の見送り方は様々だ。心を強く持つか、怖気づくか。精神の尊厳を保てるか、それができずに周囲の人々を余計につらくさせてしまうか……。これは自分が死んだ後に絶望の闇が残るのではなく、人々が愛と寛容で満たされるよう、手を尽くした人の物語だ。私はここに証言しよう――この話は本当に起こり得ると。

▼Hiramatsu Yoko 平松洋子
正面切って死を扱いながら、奇跡的な祝祭感をまとう傑作である。未払い家賃を溜めたニューヨークのアパートの一室、死の床につく亡命ロシア人画家アーリク。彼を見守るアルコール依存症の風変わりな妻、もとサーカス団員で弁護士の昔の恋人、愛人、医師、聖職者……国家や政治、宗教を背負う多彩な人間模様が、アーリクの死がもたらす恩寵を浮き彫りにする。マトリョーシカのごとく重層的に匂いたつ官能、慘む滑稽、陽気な肯定感。ウリツカヤの底知れぬ懐の深さと精神性から生まれた本作品は、喪失の空白を充たす魂の寿歌だ。

▼The New Yorker ニューヨーカー誌
静かなユーモアと感情の機微への鋭い感覚で、ウリツカヤは登場人物の思いの中を出入りする。死はどんなふうに生の中に侵入してくるのか、過去はいかにして現在にまとわりついてくるのか、そして古い時代はどんな形で新しい時代にいつまでも取りついているのかについて記録しながら。

▼New York Times ニューヨーク・タイムズ紙
才気ある問題作だ。アイザック・シンガーやおそらくサミュエル・ベケットとも響きあっている。……『陽気なお葬式』は、生と死、愛と喪失、祖国と亡命についての我々の複雑な思考や感情をひとひねりしたやさしさで捉えた、ひとりの素晴らしい作家の存在を我々に教えてくれた。

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