新潮エンターテインメント大賞



第四回新潮エンターテインメント大賞




受賞作品


「蝶番」 中島桃果子



受賞のことば


わたしのマトリョーシカ
 麻布三ノ橋、劇場から引き上げた搬出物のダンボールやら何やらに囲まれて、今受賞の言葉を書いている。正直何を書いていいのやらわからない。ただ、わたしと神様のびっくり合戦は、常に神様が一枚上手で、わたしはいつも驚かされてばかりだということだけは言える。
 わたしにとって演劇が、どこか少し、いつだってわたしを置いていったり、たまに残酷な仕打ちをして泣かせてみては、きまぐれに愛想を振りまく、身勝手な恋人であったとするなら、わたしにとって小説、つまり書くことは、空気のようにそこに居て、ゆえにその存在に気が付かず、気ままにそれをもてあそび、向き合うことを望まず、それなのに、ずっとわたしを支えてくれた、そんな男だ。そしてそこに心から向き合ったとき、わたしの新しい人生がこうやって幕を開ける。
「蝶番」の最後30ページくらいは泣きながら書いた。正直何に対しての涙かはわからなかった。ただ泣きながら書いた。妹が仕事に行ったあとの、がらんとした2DKのDの部分で、昨日店で飲んだシャンパンで鈍く痛む頭をコーヒーでなぐさめ、泣きながら書いた。なんだかとても独りぼっちだった。けれど、その独りぼっちの中で、小説というものがわたしの傍にいた。幼稚園から帰ってきて、かばんも置かず、チョコレート一枚片手に持って「ぼくは王さま」「ちいさいモモちゃん」の世界に潜っていた、あの頃と同じ。これという用事もなく図書室へ行っては古い本の匂いに安心して昼寝したあの頃と同じ。


すべてを読む


選評


江國香織



候補作品


蝶番 中島桃果子
まほろばの月はさやかに 小山芳立
ヴァージン・リリィ 遠田潤
少年鉄人 山下貴光

選考委員


江國香織 エクニ・カオリ

1964(昭和39)年東京生れ。短大国文科卒業後、アメリカに一年留学。1987年「草之丞の話」で「小さな童話」大賞、1989(平成元)年「409 ラドクリフ」でフェミナ賞、1992年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、1999年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞を受賞。他の作品に『東京タワー』『間宮兄弟』『がらくた』『左岸』などがあり、絵本の翻訳も多い。瑞々しい感性から紡ぎだされる作品世界で、多くの読者を魅了している。




ページの先頭へ戻る