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受賞作品
「タタド」 小池昌代
「新潮」 2006年9月号



受賞のコメント

気がつくと、夏の海に行くようなことはなくなっていた。行ってみたいとも思わなかった。それに私はほとんど泳げない。数年前、静岡県の多々戸海岸へ行ったのも、私の本意では少しもなかった。日中の砂浜は焼けただれている。最初はビーチサンダルを持たずにいって、素足で降り立ち私は泣いた。なんだよ、ここは。ここは地獄か。ただ、歩く、そんなことすらできないなんて。そう、そこは地獄だった。そこは都市から来た人間を、ぼろぼろに滅ぼす地獄であった。誰が私をここへ運んだのか。恨む気持ちで一杯だったが、何を恨めばいいのかわからなかった。「タタド」はあの「多々戸」を母体として生まれた。けれど母から子が分離するように、生まれてしまうと、タタドはもうタタドであり、多々戸へ戻ることはできない。書くということは哀しいものだ。タタドって何だろう。波間に浮かぶ、ぶよぶよとした、気持ちのわるいニンゲンの悪汁。


〔小池昌代氏略歴〕
昭和三十四年東京生まれ。津田塾大学卒業。平成九年に詩集「永遠に来ないバス」で現代詩花椿賞、平成十二年「もっとも官能的な部屋」で高見順賞、平成十三年にエッセイ集「屋上への誘惑」で講談社エッセイ賞を受賞。小説に「感光生活」、「ルーガ」等がある。
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