ポルノを書きたかった/土地の呪縛/高度成長期/ 「死にざま」から見た人生/性の目覚め |
ポルノを書きたかった
吉田 最新作の『学問』、すごく面白く読ませていただきました。強いタイトルですよね、『学問』。
山田 「新潮」の編集長は「この小説に『学問』というタイトルをつけたのは大発明だ」って言ってくれたの。私なりにそう思ってたので、すごくうれしくて。自分が書き終わる前にこのタイトルで誰かが小説書きませんようにってどきどきしながら祈ってたの。
吉田 タイトルが『学問』なので、読者は「何を学ぶんだろう」って思って、それを探すように読んでいったんです。登場人物が四人いて、小学校から高校時代までが描かれていて、それぞれに特徴的な欲望があって、その欲望について学んでいくんだろうなと最初は思ったんです。
山田 そう。いろんな複合的なものを学んでいく話なんだけど。
吉田 でも最後の方まで読んだ時に「何を恥だと思うかということ」について学ぶ小説なんだと思った。もう一度落ち着いて読み返してみたら、いろんな種類の恥の話がたくさん出てくるし。
山田 恥というのも重要な要素で、そこをちゃんと書くことで、その人なりの自分の小説観というのが出てくると思う。
吉田 たとえば「おあいこにしてやった」っていうところがありますね。一度目は最初の章で、仁美が心太の前でお漏らしをしてしまう場面。二度目は最終章で、心太が初めて仁美に涙を見せる場面。
山田 実はその部分は前後の数行を含めて、科白はまったく一緒で、二度目のとこで男の子と女の子の役割が入れ替わってるの。だからこれ、誰も言ってくれないけど、こっそりフェミニズム小説もやってる(笑)。男の子と女の子がどうやって対等になっていくかを学んでいくという物語でもあります。
吉田 作品の出発点はどんなところにあったんですか。
山田 私、本当はポルノを書きたいと思ったの。いろいろなものにそそられることとか、そそられていく過程で何かを学んでいくこと。開高健さんの言葉に「食談は食欲のポルノである」というのがあって、すごくインスピレーションをくれたのね。食欲とか性欲とかのほかにもいろんな欲があるじゃない? そう考えたら、それぞれにそれなりのポルノがあるんじゃないかと思った。それを交錯させて書いてみようって思ったの。
吉田 土地という要素も強いですよね。
山田 そう。登場人物たちは、土地に対する欲望も持っているの。そういういろいろな欲望の「愛弟子」になる四人の話です。
土地の呪縛
山田 私、転校生でいろんなところを回ってきたんだけど、一番思い出深いのって小学校の時にいた静岡の磐田市ってところなの。この小説を書いている時は、自分の小さい頃の経験の一つ一つの記憶を、掘り起こすような感じだった。遺跡をこう、刷毛で丁寧に掘り起こしていくみたいに。そういう作業がものすごく楽しかった。もちろん、それが苦しいところでもあるんだけれど。
吉田 書き始める前に、実際に磐田に取材に行かれたんですか。
山田 書き始めてから、最終章を書く前に一回と、書いた後に行ったの。うちの社宅があったところは工場になってた。『トラッシュ』や『PAY DAY!!!』を書いたときにもそうだったんだけど、私は必ず頭の中に明確な地図を描いてから書くのね。吉田君もたぶんそうでしょう、例えば長崎を書く時とか。
吉田 ええ、僕もそうですね。
山田 あそこの角を曲がったらあれがあるとか、実際に書かなくても、そういうことをきちんと踏まえているのって重要じゃない?
吉田 ほんとに重要です。そういえば「美流間」っていうのは、何か由来のある地名なんですか。
山田 なぜだかわからないけど、さあ書こうと思ったらすぐに、パッと出てきたの。でも、これはマスターピースにさせるぞっていう小説書く時、そういうことってない? この土地をとことん愛でてやろうっていう感じになった。
吉田 方言も印象的ですよね。東京からきた主人公の仁美は、最後まで方言は使わなくて、僕が郷里の長崎で体験したこととは視点が逆なのが新鮮でした。転校生の言葉の中に東京を探し出す感じとか、その子がみんなと仲よくなってからも頑なに東京弁のままでいたこととか。それを僕は方言の側から見ていた訳です。
山田 方言がわからなかったということが、私の人格形成にものすごく影響していて、小学校の低学年の時は本当にそれが人生の一大事だった訳。使わないといじめられるし、無理して使うと「間違ってる」とか馬鹿にされるし。まあ、ここで落とし前つけたって訳(笑)。
高度成長期
山田 時代としては高度成長期が舞台なんだけど、吉田君はこの頃のことは実感としてはちょっとわからないよね。
吉田 そうですね。『学問』の四人は一九六二年生まれですね。僕は六八年生まれ。僕の頃にはもう、一応ひととおり何でもあるという状況だったので、その時代のスピード感は感じたことないですね。
山田 あの時代って、バブルの時とちょっと似てるというか、私の父の会社の周りなんか、なにもこんなにしなくていいだろうというぐらいのきらびやかなデコレーションがあったり、そんなこれ見よがしなことをし始めた時代だった。そうするとやっぱり、格差をすごく実感するの。田舎の子はまだ戦後すぐのような暮らしをしていて、都会から来た会社勤めの家の子はまるで本物のお嬢さん、お坊ちゃんみたいな勘違いをされて。私、今まで高度成長期の話ってあんまり読んだことがないけど、肌で知ってるので一度書いてみたいなと思ってたの。
「死にざま」から見た人生
吉田 各章の冒頭が登場人物の死亡記事から始まっていますね。
山田 うん。「蓋棺録」ね。それぞれの死にざま。
吉田 メビウスの輪のように、最初にそれぞれの人生の結末を作るわけですよね。
山田 そう。誰でも必ず死ぬわけで、その死にざまというのが私はすごく気になるのね。生きざまって言葉は、全然好きじゃないんだけど。まず死にざまがあって、そこに行き着くにはどういう生き方で進むんだろうという順番で考えたの。
吉田 今回、全員の死に方が本当に好きでした。
山田 本当? あれは、それぞれが欲望の愛弟子として生きることを全うして死ぬ、ということをさせてやりたいと思って書いたの。
吉田 なんとなくそれぞれ予想していた死に方なのかもしれないけれど、変な言い方ですが、ちゃんと死んでいるなあと思って、読後感が清々しかったんです。
山田 どうもありがとう。死にざまできちんと卒業証書もらいましたということにしてやりたいなと思って書きました。
吉田 それと、主人公たちが死ぬまでの話は一切書かれてないのに、読後、そこが強く残るのは恐ろしいくらいですね。
山田 私、最近とくに、書くことより書かない部分のほうが重要だと思えてきてる。高校時代から死ぬまでのことは書かないで、そのあいだにどういう人生があるのかは読者に委ねているんだけれど、本当は一個しかないんですよね、彼らがたどった道って。私はちゃんとあたりつけてるの(笑)。だけど、書かなくていいんじゃないかなって思って。
性の目覚め
吉田 性の目覚めを女の子の側から書いたものというのは、僕は読んだことがないような気がするんです。
山田 そうね。こういう形で書いた人は誰もいないと思う。どんなに明け透けなセックスの話とかする人でも、それって、男目線じゃない?
吉田 そして、いわゆる男子のそれとはやっぱり全然違うじゃないですか。何かの過程ではなく、儀式になってる。
山田 みんな多分、大人になった女の人は忘れてると思うの。小さな頃にそれを自覚した瞬間とかって。たとえ思い出したとしても、女同士では話さない。
吉田 まあでも、男は怖いですね、読むのは。これを面白がって読めるぐらいにならないと(笑)。
山田 なれるよ。もう少し大人になったら(笑)。図書室に通ってた小さい頃には、そこに並んでなくて、でも、後に出会って口惜しがった本っていっぱいあったの。学校の授業で教えられないものを書くって、小説の大事な役目だから、そういうのをこれからも意識していきたい。
吉田 いや、でも、並ぶんじゃないですか。『学問』だし。「山田詠美」が書くポルノは参考書コーナーに並ぶんですね(笑)。やっぱりすごいことです。ところで、女性の反応はどうですか。
山田 雑誌で読んでくれた読者から「初めて言葉にしてくれた」ってよく言われます。
吉田 全員が真摯に欲望に向かい合っているところが、僕には書けないですね。照れちゃったりするだろうし。
山田 その内照れなくなるって(笑)。でもね、私、小説を書いていてこんなにもデディケーションというのを知ったことはないの。「捧げ物」っていう意味なんだけど。書いているあいだ一か月誰とも会わない、誰とも口利かない。私、声出るのかなと心配になって「あー」とかって言って(笑)。「欲望」という、私のメインテーマに取り組んだ醍醐味と苦しさがありましたね。
吉田 いろんなことが初めて言葉にされた小説なんですね。
(よしだ・しゅういち 作家)
(やまだ・えいみ 作家)