新潮社

試し読み

はじめに

日本人が長らく愛してきた和菓子の代表、それが「ようかん」だ。 あずき色の直方体のものを多くの人が思い浮かべるだろうが、実は色も形も多種多様。主な材料にしても、小豆だけではなく、野菜や果物、各地の特産物を使ったものもある。その上、蒸したり、煉ったりと製法の違いもあり、調べれば調べるほど奥が深い。魅力的なようかんの世界を旅してみよう。

Ⅰ ようかんって素敵だ!

四季を伝える――花鳥風月をめでる喜び。色彩豊かに時節を表す虎屋のようかんをご紹介。

藤の棚
藤の棚
紫色は、古くより高貴な色とされた。平安時代の貴族たちが花盛りの藤の下で、雅やかな宴を楽しむ様子は『源氏物語』にも見られる。「藤の棚」は緑の煉ようかんと、白、紫の道明寺羹で、藤棚に房をなして咲き誇る花を意匠化している。

 意外に思われるかもしれないが、ようかんには季節を映すものがある。たとえば、春は桜、夏は海、秋は紅葉、冬は雪といった自然風物が題材になり、「桜の里」「水の宿やどり」など、日本語の奥深さを感じさせる名前(めい)がつけられる。
 表現として、桜や楓、月など、わかりやすいモチーフを断面に見せるようかんもあるが、ここで注目したいのは一見何を表しているかわからないような抽象的なもの。
 楽しみ方のキーワードになるのが、「見立て」だ。見立てとは、あるものを、共通点をもつ別のものになぞらえること。わかりやすい例では、日本庭園があげられるだろう。白砂を水の流れ、池を海と見なすなど、想像力を使って鑑賞する。
 ようかんの場合は色が重要といえ、紅は花、黄は月、緑は若草、白は雪などに見立てられる。
 思い出すのは『源氏物語』に描写されるような王朝の人々の衣装だ。「十二単」という言葉があるように、当時は重ね着スタイルで、その配色には、四季の風情が取り入れられていた。表地と裏地の色の組み合わせや、衣服数枚を重ねた場合の袖先、襟元、裾に見られる複数の色に、「 こうばいがさね(重)」や「初紅葉」などの名前をつけ、色合いから名歌を思い起こすなど、知的な遊戯を楽しんでいたのである。この「かさね(襲・重ね)のいろ」(衣服の色使い)を思わせる美意識が、ようかんにも受け継がれているのだ。

水の宿やどり
水の宿
夏には、小川のせせらぎや海辺の波音で涼を感じたり、打ち水で暑さをやわらげたりと、水がやすらぎを与えてくれる。「水の宿」は、白道明寺羹と青琥珀羹で流水を表現。陽に照らされ、きらめく渚や泉を思わせる。

 素材や製法をいかした見立てもある。どうみょうかん(もち米を加工した道明寺粉と寒天をあわせたもの)で野山を彩る花や降りしきる雪を、はくかん(煮溶かした寒天に砂糖を加え、固めたもの)で月の光や涼やかな水を思わせるという具合だ。これらとようかんを組み合わせることによって、桜が満開の山やきらめく流水など、多様な景色を表すことができる。
 ここで紹介する四季のようかんはほんの一部に過ぎない。デザインは無限にあり、日本人が愛してやまない自然の美しさに思いを馳せながら、折々にぜひ味わっていただきたい。

【お読みいただく際に】
本書『ようかん』は、【見る】ページ(写真満載のカラー48頁)と【読む】ページに分かれております。この「試し読み」では、冒頭の【見る】ページから、「はじめに」と「Ⅰ ようかんって素敵だ!」の冒頭部分をご紹介いたします。さらに続く多種多様ぶりを、本書でお楽しみください。なお、掲載の虎屋商品は通常商品だけでなく、期間限定品や終売品、非売品も含まれるのでご注意ください。(写真提供、虎屋)

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