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運命の濁流の中、人は光と闇を見る。人間ドラマの最高峰『流転の海』シリーズ待望の新作!

天の夜曲―流転の海 第四部―

宮本輝/著

2,268円(税込)

本の仕様

発売日:2002/06/27

読み仮名 テンノヤキョクルテンノウミダイヨンブ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 458ページ
ISBN 978-4-10-332513-0
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 2,268円

昭和三一年春、妻子を富山に置き、松坂熊吾は単身、大阪に向かう。中古車事業発足のために奔走し、踊り子西条あけみに再会した夜、彼に生気が蘇った。だが彼女は顔に大火傷を負い、事業はやがて裏切りに遭う。還暦を前にして金策の泥沼に沈んだ熊吾は、妻を大阪に戻し、息子伸仁を北陸の地に一人残す覚悟を決めた。商人宿で過す別れの夜、傷ついた一家を、静かな鈴の如き音曲が包み込む……。

著者プロフィール

宮本輝 ミヤモト・テル

1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』(芸術選奨文部科学大臣賞)『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』(司馬遼太郎賞)『水のかたち』『田園発 港行き自転車』等著書多数。2010 (平成22)年、紫綬褒章受章。

The Teru's Club / 宮本輝公式サイト (外部リンク)

インタビュー/対談/エッセイ

波 2002年7月号より 〔対 談〕 児玉 清/宮本 輝 『天の夜曲』が奏でる調べ  ■終わらないでもらいたい ■35歳で書き始めた意味 ■人は運を打ち破れるか ■作家の眼 ■今年の秋に…… ■熊吾の血? ■男の嫉妬 ■孫が生まれたら

児玉清宮本輝


終わらないでもらいたい

児玉 今日は、宮本さんと『天の夜曲』のお話ができるというので、『流転の海』シリーズを最初から読み返してきたんです。
宮本 ありがとうございます。第一部が出たのが随分前ですからね。
児玉 この『流転の海』は、最初は五部作というお考えだったんですね。ところが今度のあとがきを拝見しますと、六部と。
宮本 どうも六部になりそうなんですね。
児玉 でも、六部で終わるんですか。
宮本 それが、頭抱えてるところなんです。
児玉 どうしてですか、頭を抱えるというのは。
宮本 これを書き出したころ、一応五部になると書いたものですから、二部はまだかって、それも年配の読者の方々、八十何歳の方から手紙をいただきましてね。私はもう残り時間がないので、何とか早く五部を終わらせてくれと。まだ一部書き終えたばっかりなのに(笑)。何とか長生きしてくださいってお返事出したんですけど、第三部を書き終えたころから、詐欺だと言われるようになってね。いやもう一巻ふえて七巻になりますなんて、確かに読者に対して申しわけないという気持ちがありましてね。
児玉 僕も正直言って最初のうちは先が読みたいですから、苛立ちみたいなのがありましてね、確かに。ですけれども、ここまでくると、事ここに至ったら、もうこれは終わらないでもらいたいと(笑)。いや、正直な読者の感想だと思うんですけどね。
宮本 これは千万人の味方を得たような気持ちです。
児玉 ここまで読んでこられた読者にとっては、松坂熊吾なる人物、それに妻の房江さん、息子の伸仁にしても、みんな自分の親戚みたいなものになっているんですよ。生活の一体というか(笑)。
宮本 僕のホームページがあるんですが、そこでも、もうここまできたら終わらせないでくれと言う人がいるんですよ。この親子三人、いつまでもウロウロさせておいてくれ、と(笑)。
児玉 作者御自身はどうなんですか。やめたら大変な反動が来るんじゃないですか。
宮本 どうでしょうね。終わってみないとわかりませんけど。ただ四巻書き終えて、まだ伸仁って子が九歳なんですよ。松坂熊吾は実は伸仁が二一のときに死ぬんですけど、今もう四巻でしょう。僕は『天の夜曲』で富山の一年間を書く予定だったんですが、これでも半年分しか書いてないんです。それでも、原稿用紙で言うと、八○○枚以上。一冊の分厚さとしてこれは限界ですね。

35歳で書き始めた意味

宮本 それに今から思うと「流転の海」は、早く書き出し過ぎたと思っているんです。三五歳のときに、この父、五○歳の男を書くというのは、余りにも僭越だったんじゃないか、なめてかかったんじゃないかと。
児玉 そうかなあ。僕は、三五歳の年で「流転の海」の第一部を書いたという、そのことが読者に与えた至福と衝撃というものは、大変なものだったと思いますよ。
宮本 ありがとうございます。これは短編でも長編でも言えることなんですけれども、小説の種なんて、まあ、あっちゃこっちゃに転がっていましてね。それは私の両目が見なくても僕のどこかについているレンズがシャッターを切って、どこかに蓄積されているわけです。そのフラグメントを、そのまま張り合わせていったって、小説はできるんです。でも、そのたくさんのスライドになっているものを寝かさないと、別のものに変わらないんですね。
児玉 生なものがそのまま生で伝わっても何もならないわけですね。
宮本 それは小説かもしれない。
児玉 かもしれない、か。そうですね。
宮本 小説にはなるだろうけれども、それはやっぱり血ではないですね。
児玉 すごいいいお話だなあ。
宮本 それを我慢して待たなければいけない。待っているうちに、例えば松坂熊吾がこういうようなことを言い、このような行動をしたという、僕の中のメモが違うものに変わるときが来るんですね。それには、やっぱり時間が必要です。この時間というものだけは、早めることができないんです。
児玉 宮本さんは、今……。
宮本 五五です。
児玉 そうすると、今の松坂熊吾に大分近づいてきてますね。宮本さん御自身がやっぱり五○過ぎてなければ感じられないことが次第に盛り込まれてくる。
宮本 精神的にも生理的にも、いろんな意味でもね。
児玉 そこで変ってくるものがあるでしょう。
宮本 調べがね。
児玉 そう、調べというものが変ってくる。でもそれは、熊吾の人生と奇妙に合体していると思えてならないんです。最初の『流転の海』で、熱い、燃えるような衝撃を感じた人はたくさんいるんですけど、それがしみじみとした色濃いものに移り変わっていくさまというのは、素晴らしいことだと思うんです。
宮本 三五歳のときから二○年たって、私自身の文体が変化することは当然ありますしね。
児玉 向こうの作家で二五年ぶりに続編出した人がいるんですよ。ジャック・フィニイという人。たしか「タイム・アゲイン」というのと「タイム・トゥ・タイム」という題ですけどね。
宮本 題もまたすごいですね(笑)。
児玉 それから、リオン・ユーリスという作家も、一八年たってから続編を書いてます。向こうが別にいいとは言わないですけど、作家が一つのものをつくられて、それがある程度機が熟して十何年たってから、新たにそれに対する思いというのが出てくるということは、あると思うんですよ。
宮本 『流転の海』で、熊吾は五○歳でしたが、今はもう還暦を迎える年になっています。その一○年の間には、やっぱり大きなものが人間に変化を与えますね。
児玉 そういう意味では、実にうまいところでスタートなさったんじゃないかという気がしますね。

人は運を打ち破れるか

児玉 宮本さん御自身おっしゃっているでしょう、熊吾を裏切ってきた人たちに対して、小説の中で思い知らせてやると。これはどういう形で出てくるのか。今はまだやられっぱなしでしょう。ボクサーで言えば、めった打ちになって。
宮本 あの熊吾が、黙っているはずがないと(笑)。今ちょっと静かにさせているんです。次の巻ぐらいから、ちょっと噴火させようという気持ちがあるんですね。
児玉 実はだんだんミステリアスな要素を帯びてきているわけですよ。
宮本 僕は『天の夜曲』を書き終えて、松坂熊吾という人がわからなくなってきたんです。わけのわからん人ですね。熊吾も房江も、今はもう僕の中では別のものになってしまったんです。松坂熊吾というモデルは確かにいた。それは確かに僕の父であった。房江という人もいた。それは紛れもなく私の母であった。伸仁という子供もいた。これはどうも僕らしい。でも今はもう僕から離れてしまった、私の中の空想の産物なんですね。そういうふうにしなければ、この小説は読む人を裏切ると思うんです。
この男が本当に転がり落ちていくのは、これからなんです。そこをどう書くかですね。人の振る舞いということを知っていて、多少乱暴な、学のある人間ではないけれども、妙な教養があるという、要するに変な人ですが、この男がなぜ転げ落ちていくかということが、僕にはやっとわかってきたんです。人柄とか人徳とか、あるいは悪いことをしたかしなかったとかという問題ではないものが、やっぱり人生を支配している。それは、よそから来たものじゃない。熊吾自身が招き寄せたものなんですね。それが一体何だったのか、少しわかってきたんです。それをどう書くか。
児玉 今回のあとがきで、人間の運ということを書いていらっしゃいますね。ナポレオンは自分の将校を選ぶときに、成績優秀よりも運の強い人を選んだというけれど、宮本さんは、人生の流れに筆を及ばせながら、運というものに目を収斂させている。
宮本 運というのは最初から決まっている、与えられたものだ、だから仕方がないといって、それで済むのかというところへいくんですね。人間はそういうものを打ち破っていくことができないのかと。
児玉 例えば伸仁という息子を、熊吾は大変可愛がる。周りから見れば、そんな育て方でどうするんだと思うやつがいるかもしれない。しかし、自分も家内の房江もちっとも心配していない。健康であればいいんだ。これだけいろんなことを教えているのにそれでも悪いことをするようだったら、それはもうこの子の持って生まれたものだと。これは、すごいことだと思うんですよ。宇宙の闇や人間の心の不思議につながっていく。そこを引っ張り出そうとなさっているような気がして。
宮本 もくろみはそうだったんですけど、私の力がどこまで及ぶかですね。

作家の眼

児玉 今回も、背景になる日本社会のいろいろな問題が出てきますね。医療問題や教育問題にしても。
宮本 健康保険の問題も出てきます。あの昭和三十年代の、「もはや戦後ではない」と言われかけた時代において、健康保険がない貧しい人って、お医者さんにかかれないんですよね。お医者さんにかかってたら助かる子が、みんな死んでいった時代ですよ。健康保険というのはいろんな問題があるだろうけれども、あの時代には必要だった。でも、そういうことを小説家が書いたって、それは小説じゃないですよね。だから、小谷医師の言っていることが正しいのか、それとも後継ぎの息子の主張が正しいのかは、僕は書かない。
児玉 でも宮本さん、読者はそこに宮本輝という作家の確かさ、良識というものを見るんだと思う。この本には、得体の知れない給食を強制して食べさせる教師や、家庭教師に自分の後輩を差し向けて、ただ飯食って飲み食いしている連中も出てきます。僕はここを読んでいる人たちの声が聞こえてくるような気がしますね。ああいう、物を知らない人間が子どもを教えてきた日本は恐ろしい国だと思うんですよ。この間ある短大で話をしたとき、教育者は宮本輝を読めと言ったんです。何が正しくて何が悪いかという大事なことは、こういう本によって知るしかないと思うんです。

今年の秋に……

宮本 これは解けない謎ですけど、どうして僕の父というのはあらゆるところに僕を連れて行ったのか。大事な商談に行くのに、僕を連れて行くんですよ。その横に座らされているのが、僕には不思議でね。
児玉 今回読んでいて、熊吾が本当に自分の心を吐露できるというのは伸仁なんだと思ったんですよ。この二人の会話というのは絶妙ですね。あるときは最高の掛け合い漫才的なところがあるでしょう。僕、何度笑ったか。実にけったいな親子やな(笑)。 
宮本 五○の男にとって生まれた赤ん坊というのは、子供でもあると同時に……、そういえば僕、ことしの秋に初めておじいちゃんになるんですけども。
児玉 それはおめでとうございます。
宮本 それでまた何か変わるかもわかりませんね(笑)。
児玉 孫のかわいさは無責任だと言うけど、そうじゃないんですね。この中で熊吾は、生命力というものの衰えを感じる。以前は、悪運がやってきても、ブルドーザーみたいにそれをなぎ倒していった。だけど今、ちょっと歯車が狂い出すと、何かが消えていくような思いがするんです。急に闘えなくなってくる。その中で、伸仁の存在が熊吾にとってどれほど有難いものであったか、ここは読んでいる人間にはたまらないところですよ。

熊吾の血?

宮本 僕、人生には、ある種の極意ってあると思うんですよ。その極意のとおり生きたからといって成功するか不成功かというのは、別の問題です。何を成功と言うかという問題になるんですが、けれども松坂熊吾は何か極意を知っていた人だというような気がするんです。
児玉 それは思います。熊吾という人は、ひょっとしたら実業の世界に生きちゃったから動きがとれなかった。
宮本 そうです。
児玉 この人が芸術家だとか虚業の世界に生きたら、大変な人になったと思う。
宮本 松坂熊吾という人には「虚業指向」がまるでなかったような気がします。もしそういうものに知恵を使う人なら、このおっさん、また別の生き方をした。それに時代も、「実業」に一途に向かっていましたしね。
児玉 時ですよね。
宮本 虚業の世界でなら、ひょっとしたら天下とってたかもわからない。
児玉 この人は例えば房江にいつも言わしめているでしょう。人より機敏な点でも、機知の面でも、それから策略、あらゆる面で人よりすぐれている。だから物事をパッとつかんで、八合目まではサッと行ってしまう。これはだれよりも速い。
宮本 しかし、そこであと二合目登るのに大変な力が要る。そのときに、別な方法を考えるんですね。
児玉 そうすると、一挙にふもとへ行っちゃうんです。
宮本 血ですねえ。私のゴルフ仲間が、あなたは、せっかくうまくいっているときにもっとうまくなろうとして今までのやり方を全部捨てるというんです。
児玉 わかりますよ。経験が生きているようで一つも生きてない(笑)。それは僕自身にも当てはまることだから言ってるんです。絶えず違うこと、夢みたいなことを考えている。
宮本 そのまま行きゃいいのに、もっと行こうと思う。そこで全部のはしごが外れちゃってドスーンと落ちて、また下から。 
児玉 宮本さんが小説家以外で生活できたとしたら、これは大変ですよ。
宮本 何でそう思うんですか(笑)。

男の嫉妬

児玉 しかし熊吾にはいい女性が集まってくるなあ。女房の房江は勿論ですが、今回、大阪で再会した踊り子の西条あけみもそうですね。
宮本 女に恵まれるってのは、男の幸福の中のほとんど五○%を占めますよね。
児玉 男の読者というのは熊吾に対して大変な憧れというのを持つと思いますね。男としても、雄としても。だけど人間怖いのは、ゆえなき嫉妬というか……。
宮本 男の嫉妬は、怖い。
児玉 怖い。しかも世の中嫉妬に満ちていますよ。この人は天衣無縫だから……。
宮本 自分が嫉妬されているということを考えてない。
児玉 この人は、意図的な、作為的なもので生きてませんから。ところが周りに集まるのは、全部作為のある人たちでしょう。僕自身も嫉妬という問題に対しては決して恬淡としてられない。変な話、俳優していながら、決して僕自身は人をうらやむつもりはないんだけれども、時々その裏返しで、自分の同期の人間たちがやっている仕事に対してフッと批判しているときがありますよ。これを裏返せば、やはり嫉妬かもしれないんです。そこら辺のところを熊吾は伸仁に絶えず言いますよね。
宮本 自尊心よりも大切なものを持って生きなければいけないと。これは僕自身、父から与えられた最大の言葉です。
児玉 それは身にしみますよ。
宮本 年とらないとわからないですよ、これは。自尊心なんか捨てられるかって、若いとき思いますもの。でも自尊心と誇りとは違うんですよね。

孫が生まれたら

児玉 だけど、熊吾はつらくなってくるね。今回のこのお話でも、熊吾が全く意図的じゃないにせよ言った言葉が、物すごい遺恨を招く。
宮本 言った熊吾の方はそんなつもりじゃないのに。
児玉 ある程度自分に勢いがあるときは、恨む奴には勝手にさせておけと言っていたのが、だんだん生命力が細り、自分の境遇が細ってくると、そういう刺が刺さってくるんですね。僕がミステリーと言ったのは、実はその部分で、彼らが熊吾に報復する、その心の裏にあるのは一体何なんだろうと。それは宮本さんには、もう見えていらっしゃるところでしょうけれども。
宮本 五五歳の段階では。でもこれが六○歳になったら、また少し変るかもしれない。やっぱり完結しちゃだめですね。
児玉 完結しちゃだめですよ(笑)。もう永遠に続いていいじゃないですか。
宮本 じゃ、ゆっくり書きます。孫が生れてから書きます。こうなったら、八部でも九部でも(笑)。
児玉 ぜひ、お嬢さんが生まれてから。
宮本 お嬢さんかどうかわからないんですけど(笑)。熊吾のひ孫で、ヒグマだったらどうするんですか(笑)。


(こだま・きよし 俳優・エッセイスト)
(みやもと・てる 作家)

▼宮本 輝『天の夜曲―流転の海 第四部―』は、六月二十七日発売

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あらすじ

 昭和三十一年、富山で中古車部品販売の開業を目論む高瀬勇次に共同経営を誘われ、熊吾一家は富山に移った。台風で浸水して使い物にならなくなった消火ホース修繕用接着剤の廃棄処分による事業撤退、食中毒の濡れ衣による中華料理店の閉店が重なった。失意の転居であった。
 四年生になった伸仁は、高瀬家の三兄弟を子分に従え、富山弁も操るようになったものの、臨時担任のために心因性の発熱と蕁麻疹に悩まされる。
 房江は雪国の風土になじめず、折からの更年期による気鬱も相俟って、重い喘息の発作に苦しむ。
 鈍重な高瀬に見切りを付けた熊吾は、単身大阪へ戻り、関西中古車業会の設立と共同展示販売会の実現へと奔走する。
 一方、旧知のヌードダンサー森井博美が頭部を大火傷し、事故現場に居合わせた熊吾は治療に尽力する。秘蔵の名刀、関の孫六を海老原太一に土下座して換金するが、その一部は治療費に消える。
 全てを賭けて大勝負に出た熊吾だったが、頼みにしていた久保敏松が、集めた資金を持ち逃げしてしまっていた……。

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