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何者

朝井リョウ/著

1,650円(税込)

発売日:2012/11/30

  • 書籍

「あんた、本当は私のこと笑ってるんでしょ」

就活の情報交換をきっかけに集まった、拓人、光太郎、瑞月、理香、隆良。学生団体のリーダー、海外ボランティア、手作りの名刺……自分を生き抜くために必要なことは、何なのか。この世界を組み変える力は、どこから生まれ来るのか。影を宿しながら光に向いて進む、就活大学生の自意識をリアルにあぶりだす、書下ろし長編小説。

  • 受賞
    第148回 直木三十五賞
  • 舞台化
    何者(2017年11月公演)
  • 映画化
    何者(2016年10月公開)

書誌情報

読み仮名 ナニモノ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-333061-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,650円

書評

新世代の「希望」

榎本正樹

 朝井リョウのデビュー作『桐島、部活やめるってよ』(二〇一〇年)を、読んだときの衝撃を忘れることができない。語り手が章ごとに切り替わる趣向、正確かつ緻密でありつつ叙情性に満ちた文体、劇的な物語構成、そしてベケットの『ゴドーを待ちながら』さながらの「中心の不在」のテーマ。新人作家とは思えない技巧と叙述の精度に裏打ちされた確かな文学世界がそこにはあった。
 その後も、大学男子チアリーディングチームの青春群像を描いた『チア男子!!』(同)、喫茶店を営む七人家族にある奇跡が訪れる『星やどりの声』(二〇一一年)、等身大の十九歳の青春の風景を綴った『もういちど生まれる』(同)、卒業を間近に控えた少女たちの思春期の揺らぎを活写した『少女は卒業しない』(二〇一二年)へと続くことになる。
 大学時代に朝井が発表した以上五作は、高校生や大学生が主人公の青春小説の体裁をとっている。朝井作品は私小説的なリアリズムから切り離されているので、作中の叙述をそのまま作者の経験に直結させて考えることはできない。しかし作者に近い世代を登場人物に設定する朝井の方法が、朝井と同年代の若者たちに照準を当てたライフスタイル小説としての構成を意図していることは一方の事実として指摘できる。
『何者』は、大学を卒業し、就職し、兼業作家となった朝井による、社会人初の書き下ろし長編小説である。朝井はエッセイ集『学生時代にやらなくてもいい20のこと』(二〇一二年)の中で、みずからの就職活動について書き記しているが、本作はその実作ヴァージョンといえる。
 世には「就活小説」と命名可能なジャンルが存在している。ゼロ年代以降に限定すると、三浦しをん『格闘する者に○』(二〇〇〇年)や、生田紗代『タイムカプセル』(二〇〇四年)、石田衣良『シューカツ!』(二〇〇八年)、羽田圭介『「ワタクシハ」』(二〇一一年)などの作品をあげることができる。各作品には、その時代時代の就活事情が反映されているが、『何者』において顕著なのは、ツイッターやフェイスブックに代表されるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)によって情報武装し、自己表現し、他者とつながり合おうとする若者たちの痛ましくも切実な姿である。
 朝井作品といえば、作品同士が微妙に絡む短編連作をイメージするが、本作では大学生の「俺」(二宮拓人)を主人公=語り手にした、作者初の一人称小説の形式がとられている。拓人とルームシェアの相手である神谷光太郎、光太郎の元恋人の田名部瑞月、そして瑞月の友人の小早川理香ら、拓人と同じ大学に通う三人の仲間との就活模様が、拓人の視点ですくい取られていく。
 エントリーシートの提出に始まり、WEBテスト、集団面接、筆記試験を経て、グループディスカッション、個人面接に到る、就活情報小説としての基本構造が、作品世界のリアリティを支えている。
 大学生にとって、ネットは重要な就活ツールになっているが、本作は就活の武器としてネットを駆使する世代による使いこなしのマニュアルにとどまらない。物語はさらにその先を描く。若者特有の「自分ではない何者かになりたい」との茫漠たる自己実現の願望がネット環境と結びつくことで、自己愛を増幅させ、その結果、他者との関係に軋轢を生じさせていくプロセスそのものが主題化されている。就活小説として始まった『何者』は、ネット環境がもたらすコミュニケーションと個人の心性(メンタリティ)の関係の変容を測量した社会小説として再定義されるのである。
 物語の結末近く、仲間が次々と内定を決める中で面接に落ち続ける一人が「痛くて、カッコ悪い姿であがき続ける」ことの意味を説く場面は、強く深く心に刺さってくる。諦念を帯びた「何者かになんてなれない」という自己認識からの出発こそに、人生の可能性もまた広がりうる。その意味において『何者』は、この時代の「希望」の根拠を逆説的に明らかにする。デビュー以来、青春小説、家族小説を書き続けてきた朝井が、これまでの世界をみずからの手で突き崩し、新たな場所へと向かおうとしている。『何者』は、そのような作者の意志と決意の書である。


(えのもと・まさき 文芸評論家)
波 2012年12月号より

インタビュー/対談/エッセイ

「誰にも知られたくない感情を書きました」

朝井リョウ

――新作『何者』は社会人になって初めての執筆になりましたが、この小説の構想はずっとあったのですか。

朝井 「就活小説」というよりは、「就活をしている人達」を書いてみたいとは思っていました。私も経験したあの期間はやはり、自分を含め周囲の人がちょっと歪んだように思いました。「自分はこれまでこう生きてきました、そしてこれからはこう生きていきます!」ということを高らかに宣言し続けなければいけない期間、なんですよね。就活に使うツールも今までとはがらりと変わり、これまで世に出ているいわゆる「就活もの」とは全く違うものが書けるかも、という期待も、もともとありました。

――「就活」を題材にして、実際の体験も盛りこまれていますが、書きたかったことは、むしろそれ自体ではない、という内容です。

朝井 もともと「これを書きたい!」というシーンが三つあり、その三つが最も際立つ舞台として「就活」が選ばれた、という感じです。題材は「就活」ですが、本当に書きたかったことは、就活によってあぶり出されてくる様々な毒のようなものです。その毒のようなものを書ききることで、人が生きていくために必要なこと、その根底にあるものを抽出することができればいいなと思っていました。そういう意味では、結果、これまでの就活小説とは全く違うものになったという自信があります。

――朝井さんご自身の就職活動体験、会社での研修期間を終えての現在は、どんな日々でしょうか。実際に就職してみて味わったことも大きかったのではないでしょうか。

朝井 会社員をしながら作家の仕事もするというのは、ただただ時間との戦いですね。精神的というよりも単純に肉体的な問題というか……「実社会を味わう」という余裕もなかなかないというのが現状です。

――同世代の表現者で、注目している人はいますか?

朝井 同世代というより、やはり同じ二〇一〇年デビューの方々でしょうか。絶対に負けたくないです。

――作家として、一番大切なことは何だと考えていますか。

朝井 駄作でもいいから書く、ということ。書かないよりは書いたほうがいい、ということ。「これはまだ形にならないから」「こういうものを書くのは早いかな」――そんなことは一切考えずに、頭の中からどんどん出していかないと、と常に思っています。

――大学時代に精力的に執筆していらしたように、今後にも期待しています。執筆の予定を教えてください。

朝井 いま、集英社の「小説すばる」で「世界地図の下書き」という長編を連載しています。他に、一二〇枚くらいの中編を三編考えていて、ひとつめのものをいま書き始めているので、来春にはどこかの媒体で発表できると思います。『何者』関連では高校生の光太郎を主人公にした「水曜日の南階段はきれい」という短編がすでにあるので、それぞれの登場人物のスピンアウトを集めたような本ができればいいなとも思っています。

――本書を読者に手渡すときに、伝えたいことをどうぞ。

朝井 今回は、就活だったりSNSだったり、一日単位で変わっていくようなものを書いたということもあり、年代の違う方にどう受け止められるのか、ということがすごく気になっています。いままで書いてきた高校生もののような青春小説にはどの世代にも通ずるものがあるということはこれまでの経験で分かったのですが、今回のような「青春」ということではくくれない限定的なものに関してはどうなんでしょう……気になります。最後の三〇ページは、本当に、自分が一番知られたくない感情をすべて書きました。だけど、ここを書いているとき、作家になってほんとうによかったと思えたんです。
手に取って本を開いていただきたいです。声を嗄らしてでも言いたかったことをぎゅうぎゅうに詰め込んでいます。よろしくお願いします。

(あさい・りょう 作家)
波 2012年12月号より

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直木賞受賞記念特別インタビュー

直木賞受賞作『何者』 映画化2016年秋公開

まだ「何者」でもない若者たちへ
いまも「何者」でもない大人たちへ
――観る者に突き刺さる青春映画完成!


共感する感覚を伝えたい――

 朝井さんという作家の、物事を理屈づけしていく観察眼は、自分の理系の感覚とも共通していて、よくわかるんです。
 新刊の『何様』に収録されている作品を読んで、理詰めでセックスまで突き進んでいく描写がすごくエロティックで……そういうところは共有していると思います。
 映画では、原作にある拓人への瑞月の言葉を、自分の解釈に引きつけて、ラストで増幅させています。これを伝えたいと強く思ったので――。
 この作品はSNSによるコミュニケーションの変容が大切なテーマで、自分も使っていていろいろなことを感じます。こういうツールを使い慣れた人たちの意識はさらに変化していると思いますから、彼らがこの映画を観て、どう感じるかを知りたいです。

監督・脚本 三浦大輔



退屈なシーンがひとつもない映画

 この作品が映画化されるということは知っていましたが、自分がやるとは思いませんでした。この主人公を演じるのは大変だろうな、と。
 原作を読んで感じたのは、原作者はなんて性格が悪いのだろう、そしてそれに共感している自分も、性格が悪いな、ということでした(笑)。
 拓人になるための、演じる手がかりとして、原作者の朝井リョウさんをイメージして、同じ髪型にしてみたりもしました。もちろん拓人は、朝井さんではないのですが、そういうことから始めて、自分じゃないものになろうとしたんです。
 撮影してすぐは、その作品について客観的になりにくいものですが、出演者の誰もが素晴らしくて、とにかく見逃せないシーンの連続で、退屈な時間がまったく無い映画になっています。

主演・拓人役 佐藤 健

波 2016年9月号より

著者プロフィール

朝井リョウ

アサイ・リョウ

岐阜県生まれ。小説家。『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『何者』で第148回直木賞、『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞、『正欲』で第34回柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著書に『どうしても生きてる』『死にがいを求めて生きているの』『スター』などがある。

朝井リョウ (@asai__ryo) | Twitter (外部リンク)

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