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死を覚悟したのではなく、死を忘れた。そういう腹の決め方もあるのだ。

  • 受賞第46回 新潮新人賞

指の骨

高橋弘希/著

1,512円(税込)

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発売日:2015/01/30

読み仮名 ユビノホネ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 126ページ
ISBN 978-4-10-337071-0
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,512円
電子書籍 価格 1,210円
電子書籍 配信開始日 2015/07/10

果たしてこれは戦争だろうか。我々は誰と戦うでもなく、一人、また一人と倒れ、朽ちていく。これは戦争なのだ、呟きながら歩いた。これも戦争なのだ。しかしいくら呟いてみても、その言葉は私に沁みてこなかった──。34歳の新鋭が戦争を描き、全選考委員絶賛で決まった新潮新人賞受賞作にして芥川賞候補作となった話題作。

著者プロフィール

高橋弘希 タカハシ・ヒロキ

1979年12月8日青森県十和田市生まれ。2014年、「指の骨」で第46回新潮新人賞受賞。2015年、同作が第152回芥川賞候補、第28回三島賞候補となった。デビュー第二作の「朝顔の日」が第153回芥川賞候補となった。2016年、「短冊流し」が、第155回芥川賞候補となった。

書評

波 2015年2月号より 時代に選ばれた戦争小説

陣野俊史

「黄色い街道がどこまでも伸びていた」
この小説はこうして始まる。「赤道のやや下に浮かぶ、巨大な島。その島から南東に伸びる細長い半島」。このあたりが小説の舞台だ。主人公たちは、内地を出発すると、「グァム島、ニューブリテン島と経由して」、島に到着。怪我を負い、野戦病院に入る。幼馴染の戦友との会話、軍医との交流。「原住民」との言語のやりとり。死を覚悟した行軍の中で、次々と死んでいく仲間たち、カニバリズムのさりげない示唆……。
よくできた「戦争小説」である。じっさい、この小説が第46回新潮新人賞を受賞した後に公表された、選考委員の選評や、辛口で有名な(?)文芸評論家の時評にも、賛辞が溢れていた。私は生来の天邪鬼だし、他の人より若干「戦争小説」を多く読んでいるという自負もあったので、そう簡単には認めないぞという邪な反撥心を持って読んだ。
当惑した。その理由は、三十代の若い作者が書いた「戦争小説」としてよくできていたからではないし、細部まで精密に描かれた戦記に似ていたからでもない。それがまるで戦後文学だったから、私は当惑したのだ。大岡昇平らの文学の正確な反復になっていると思ったのである。たぶん戦後文学に親しんだ人ならば、誰もがそう感じるだろう。
このとき、三つほど主な反応が考えられる。ひとつは、この小説はたしかによくできているが、体験に根差したものではなく、いわば事後的に学習して獲得された戦争の知識に拠っている以上、「戦争文学」として如何なものか、というもの。「戦記オタク」が情報を再構築して書いたものではないか、という批判だ。私はこの批判は当たらないと考える。具体例を出せば、左脚の創傷が悪化した清水という戦友と一緒に外出するために、松葉杖を借りるシーンがある。清水は松葉杖を脇に挟んでベッドから起き上がろうとするのだが、「杖の一本はそのままゆっくりと床へ倒れていった」。なぜか。清水本人も、自分の左手首から先がないことを忘れていたからである。むろん松葉杖を掴むことはできない。「杖が倒れていくまで、本人もそのことに気づいていなかった」と記述される。このあたりの想像力は、並みではない。
二つめの反応はこうだ。戦後文学もすでに長い歴史を刻んでいる。戦争は多くの作家の文学的挑戦によって描かれてきた。そうした歴史を踏まえていないのではないか、という批判である。文学的出発に『石の来歴』を持ち、『グランド・ミステリー』や『神器』ではミステリーの手法を駆使しながら独自の戦争文学を追求してきた奥泉光や、従軍する人間たち同士の関係性を執拗に追求してきた古処誠二、浅田次郎といった作家たちの文業を、この若い作家はどう考えているのか、と。いわば「戦争文学史観」に則った立場である。
それもこれも、この小説が、あまりに戦後文学にそっくりだからである。つまり、あまりに『野火』なのではないか、と(これが第三の反応)。人はここで考え込む。
ある者は、大岡昇平に回帰するだろう。それはそれでいい。だが私は別の結論に至った。この小説は時代に選ばれた小説である。終わりのほうに、主人公の呟くこんなパッセージがある。「果たしてこれは戦争だろうか」。野戦病院を出て、再び戦争の渦中に放り込まれると思ったら、武器ももたずに「ただ歩いているだけ」。誰とも戦わず、一人ずつ死んでいく。「これは戦争なのだ、呟きながら歩いた。これも戦争なのだ。しかしいくら呟いてみても、その言葉は私に沁みてこなかった」とある。「戦争」の文字を「戦争小説」に置き換えてみたくなる。およそいまふうの「戦争小説」ではない。だが、これは紛れもなく「戦争小説」である。キナ臭いこの時代の選んだ戦争小説なのだ。
そういえば市川崑監督の映画「野火」もまた、今年、塚本晋也監督の手でまったく別の「野火」になる、と聞いた。

(じんの・としふみ 文芸評論家)

判型違い(文庫)

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